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「拝啓 〇〇様」って変じゃね? という話。今私たちは日本語の新しい用例が生まれるところを目撃しているのかも知れない。

「拝啓 〇〇様」って変じゃね?


ーー「拝啓 〇〇様」

この表現が近年定着しつつある謎表現ではないかということを語っていくぞ。


1 拝啓のあとは時候の挨拶

私もこの時点でマナー講師の宙域に足を踏み入れているような気がするのだが、以下は、仕事でひたすら明治時代〜昭和戦前期の書簡を読みまくっている経験から書いていく。

手紙の書きはじめを「拝啓」にした場合、そのあとは基本的には時候の挨拶が来る。あるいは、先だっての要件の帰結やお礼などを述べるケースもあるだろう。

いずれにしても季節の移ろいや相手の無事を言祝ぎ(ことほぎ)、手紙のリズムを作り出す。

そして「扨(さて)」や、古くは「陳者(のぶれば)」で本論に入っていく。

宛先の人名は手紙の最後だ。まず手紙本文を「敬具」などの結語で締める。

そのあとは「日付」→(改行)→「自分の名前」(下付)→(改行)→「宛先の名前」とする。明治から昭和戦前期は日付の直下に差出の名前を書くことも多かった。古文書学でいう「日下(にっか)」に自分の名前を書くわけだ。

ということで、「拝啓」のあとは「時候の挨拶」。宛先の人名は手紙の一番最後。

それじゃ、「拝啓 〇〇様」ってなんだ? って話になる。

2 映画『拝啓 天皇陛下様』(1963年)とその狙い

この問題関心について、示唆に富む指摘をしている方がYahoo!知恵袋にいらっしゃる。

回答を引用する。

質問者さんがおっしゃるように手紙に書く場合は、拝啓で始まり、季節のご挨拶、本文、敬具みたいなことが正しいのだと思います。

かすかな記憶の中に、渥美清主演の「拝啓天皇陛下様」というのがありました。↓こちらです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%9D%E5%95%93%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%9B%E4%B8%8B%E6%A7%98

この後に「拝啓父上様」のような映画ができたものと思います。 映画がヒットすると、共通認識のような感じで、使われ方が独り歩きをするのではと思います。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1432951439

映画『拝啓 天皇陛下様』(1963年)という作品があり、これが「拝啓 〇〇様」の淵源か、少なくとも初期の用例なのではないだろうか。

なおこの作品は1962年に原作の同名小説が出ており、その人気で映画化が実現したもの。

ここで注目したい点は、映画のタイトルにもなっている「拝啓 天皇陛下様」がどのように劇中に登場したか? だ。

このコメディ映画の主人公である山田は、戦争がひと段落しても、居心地の良い軍隊に残りたく天皇陛下に直に手紙を書くことを画策する。その際書いた手紙の冒頭が「ハイケイ天ノウヘイカサマ」だった。

山田は純朴で学のない男という設定で、漢字は読めずカタカナしか書けない。軍隊生活のなかで次第に読み書きができるようになり少年雑誌を楽しむようになる。

つまり、素朴で読み書きに疎いキャラクターが作文したものが「拝啓 〇〇様」の始まりか、それに近いものだったのだ。手紙の書式に違う(たがう)「拝啓」用例パターンが生まれた理由はここにある。

3 倉本聡の作品『拝啓、父上様』(2007年)とその後の展開

倉本聡のドラマに『拝啓、父上様』(2007年)がある。またこれに先立って『前略、おふくろ様』(1975年)がある。

じつは倉本は、小説版『拝啓 天皇陛下様』の作者棟田博の作品である『サイパンから来た男』(1956年)を、1998年にラジオドラマ化していたりもする。

「拝啓 〇〇様」は倉本聰やそのドラマの視聴者に受け継がれた。

近年では、次のような用例が見られる。

3-1 手紙 〜拝啓 十五の君へ〜(2008年)

3-1-2 拝啓、俺たちへ(2024年)

アンジェラ・アキの楽曲以降、曲名に『拝啓 〇〇へ』とする事例が散発的に見られるようになった。

3-2 拝啓 大谷翔平様(2024年)

伊藤園「お〜いお茶」と大谷翔平のグローバル契約の際のキャッチフレーズに使用。

3-3 拝啓 見知らぬ旦那様、離婚していただきます(書籍化は2022年)

小説のタイトル。

3-3 拝啓 「氷の騎士とはずれ姫」だったわたしたちへ(2020年単行本1巻発売) 

漫画のタイトル。

4 「3」で触れた事例の共通点

私はマナー講師じゃないので「3」で触れた「拝啓」の新しい使われ方を楽しみにしている。共通点は以下の通りだ。

  • タイトルやキャッチフレースとして用いられる。

  • 手紙のようにかしこまった印象をあたえ、拝啓の後の人名にメッセージを伝える内容・ストーリー性を想起させる。

  • 「〇〇様」へのメッセージの形式をとるが、読者や視聴者や楽曲の聴き手など作品の受容者を意識している。

この際、倉本聰の作品、アンジェラ・アキの曲名がこの流れについての重要な役割を果たしたと言って過言ではないと思う。

私たちは今、「拝啓」という言語をめぐって新しい用法の誕生を目の当たりにしているのかもしれない。


おわりに 拝啓 マナー講師様

「拝啓」は手紙の頭語として役割を果たしてきたが、近年ではそのかしこまった印象と、手紙というメッセージを伝える媒体の印象とを上手く活かし、「拝啓 〇〇様」「拝啓 〇〇へ」という表現が見られるようになった。

すなわち、メッセージを効果的に伝えるための表現として近年「拝啓」が使われ始めている。

「拝啓 〇〇様」「拝啓 〇〇へ」は、実際にはその「〇〇」へのメッセージにとどまらない。そのキャッチフレーズやタイトルを見聞きする作品の受容者への、あらたまった大切なメッセージを届けるという意味合いを持つ。

拝啓 マナー講師様
どうかこの新しい「拝啓」の使い方を、ただマナー違反とせず、日本語の新しい芽吹きとして考えていただけましたら幸いです。

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