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#3:忘れられない味

人には『忘れられない味』がある。

それは単に美味しいに限った話ではなく、様々な状況や景色があいまって、そのときの気分によって作られる、本当の意味で一期一会な『味』だ。


上海に行ったときのことだった。

僕はアートブックフェアで海外に行くことがある。その時は直前に風邪を引いてしまい、マスクの下に『鼻栓』をするほどだった。

基本的にお金がない僕は、海外でも安宿に泊まりがちだ。部屋には鍵付きのロッカーがあり、盗難されて困るものは入れておけとのことだった。いわゆる相部屋の『ドミトリータイプ』で、狭い空間に二段ベットが3つ並び、シャワー・トイレが部屋にひとつなのはいいとしても、薄い布一枚でベッドのある空間と区切られていたのは少し引いた。



ある日フェアが終わった帰り道、宿に戻ろうとする途中で道に迷ってしまった。

地下鉄の地上出口を間違えたか。

しばらく夜の街を彷徨っていると、体調のせいもあって頭がボーっとして、じっとりと汗をかいてきた。見つけたコンビニで栄養ドリンクを買って出ると、広く区画された歩行者道路では陽気な音楽が流れ、人々が手をつないでぐるぐる踊っていた。ラジカセから再生された音が『割れ』を起こしていた。

近くに座り、買った栄養ドリンクを飲みながらぼんやり眺めていた。
鼻が詰まって霞む目に、その景色がキラキラとやけくそ気味に揺れていた。



その場を離れて歩きだすと屋台の並ぶ狭い通りが見えた。見覚えがあった。屋台群をすり抜けた裏に、巨大な集合住宅が並ぶ暗いエリアの中に宿があったはずだ。鉄格子のゲートをくぐって一歩そのエリアに入ると、屋台の喧騒は消え、歩いているひとはほとんどいなくなった。



部屋の戸を開けると浅黒い肌の男が、禁煙だったはずの室内で煙草を吸っていた。

どうやら今日からここに泊まるらしかった。

男は全く英語ができなかったので、身振りで挨拶し握手を交わした。今日のルームメイトは彼と、まだ戻ってこない韓国人のふたり、僕の4人だった。


しばらくして彼は僕を呼んで手招きした。

「なんだろう」と思って近づくと、切り分けられたスイカを差し出してきた。さっきの屋台通りで買ってきたようだ。


「ありがとう」と言ってかぶりつくと、甘く青々しい汁が、風邪と長いこと歩き回ったことで熱くなった身体に染みるようだった。カブトムシにスイカを与えると早死にする、と言うが死ぬと分かって食べているのかもしれない。そんな気分だった。



食べ終えて、お互いの携帯の翻訳機能を使ってやりとりしたが、

・アフガニスタンから来た事

・電気工の仕事をしていること

単語での会話だったので、それくらいしかわからなかった。僕は煙草を差し出して「日本の煙草、吸うか?」と勧めると、彼は顔の前で手を振って自分のアメリカンスピリットを出して「日本の煙草、美味い」と携帯の表示画面を出して歯を見せた。


次の夜には彼は帰ってこなかった。




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