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サッカーと環境課題の深い関係性って? Jリーグ執行役員・辻井隆行が「ホームタウン活動」を推進するワケ

Jリーグで執行役員として、サステナビリティ部を担当する辻井隆行さん。
スポーツを通じて自然破壊の現実を目の当たりにした彼は、パタゴニア日本支社長を経て、社会活動家/ソーシャルビジネスコンサルタントとして企業やNPOなどの戦略策定などに従事してきました。

なぜ今、Jリーグが環境課題の解決に乗り出しているのか。

自身も20代半ばごろまで社会人リーグでサッカーを続けていたという辻井さんに、その真意を聞いてみました。

辻井隆行 つじいたかゆき

辻井隆行(つじい・たかゆき)
1968年生まれ。早稲田大学大学院社会学科学研究科(地球社会論)修士課程修了。1999年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア東京・渋谷ストアに勤務。鎌倉ストア、マーケティング部門、卸売り部門を経て、2009年から2019年まで日本支社長。2019年秋、日本支社長を退任。その後、自然と親しむ生活を送りながら、社会活動家/ソーシャルビジネスコンサルタントとして、企業やNPOのビジョン・戦略策定を手伝う。現在はJリーグで執行役員として、サステナビリティ部を担当。

「サッカーを続けられる環境」は“Jリーグ”が自ら守る!

辻井隆行 サッカー

ーー単刀直入にお聞きしたいのですが…なぜJリーグが環境課題に取り組んでいるんですか? あまり結びつかないような気がして。

辻井隆行さん:
実は、以前よりJリーグでは、地域が抱える社会課題をともに解決する「シャレン!」に取り組んでいるんですよ。

ーーシャレン!

辻井隆行さん:
Jリーグでは、「浦和レッズ」は埼玉県さいたま市、「川崎フロンターレ」は神奈川県川崎市…というように、60ものクラブチームにそれぞれ「ホームタウン」と呼ばれる本拠地があります。

そのホームタウンでは年間25,000回以上、各クラブがその地域で「ホームタウン活動」を行なっています。さらにその中でも自治体やNPO、学校など三者以上と連携して、健康や子育て、働き方などの課題解決を一緒に目指す「シャレン!活動」を年間2,000回以上行っているんですよ。

ーーサッカー以外にも、そんな活動をしていたんですね。

辻井隆行さん:
ホームスタジアムでの試合は、各クラブで年間20回程度の開催ですが、当日だけ応援に来て下さい!というのでは、なかなか地域との距離も近づかないですし、地域にとって必要な存在になることも難しい。そこで試合のない残りの約340日をどのように地域とともに活動していくかが重要になります。

そこで、地域の皆さんが抱える課題解決を一緒に目指すことで、地域社会の持続可能性を高めることに貢献していけたらと考えています。

サッカー 地域社会 持続可能性

ーーそのなかに、環境課題も…?

辻井隆行さん:
そうですね。健全な地球環境がなければ、活力ある社会も存在し得ないですし、サッカーも成り立たないですよね。そういう意味で、環境活動はすべての活動の土台です。

そこで、2023年1月1日に、「シャレン!」活動と環境課題への取り組みを両立するべく「サステナビリティ部」を立ち上げました。

ーーその舵を取っているのが辻井さんなんですね。具体的にはどんなことをしているんですか?

辻井隆行さん:
今は、全体の戦略をまとめているところですが、これまでの活動で言えば、たとえば、「ヴァンフォーレ甲府」では、スタジアムで利用する食器をすべて再利用していたり、「清水エスパルス」では、海洋プラスチック問題を考えるきっかけになるイベントをJAMSTEC(海洋研究開発機構)と協働で開催していたりします。

スポーツビジネスをやる以上、環境負荷が出てしまうことは必ずあります。でも、スポーツも環境保護も、最終的な目的は人の心を豊かに​​したり、そのための前提を確保することですよね?

「人を幸せにしたい」という共通の目的を見失わなければ、Jリーグの活動と環境課題の解決は乖離していかないはずなので、どんどん取り組みを促進していきたいですね。

現在と未来の選択肢を両立させるために「幸せ」を考え直す

辻井隆行 環境配慮

ーー環境課題に対して行動したいと思うのですが、どうすれば無理なく環境配慮をできるようになりますか?

辻井隆行さん:
僕は、今ある幸せを見つめ直すことが大切なのではないかと思っています。

ーー「幸せ」ですか?

辻井隆行さん:
たとえば電車に乗っていても、スマホを見ていても、私たちは常に「これを買ったらモテるよ」「これを身に着けていたら褒められるよ」といった、購買意欲を掻き立てられる情報に晒されていますよね。

だから、無限に新しいものが欲しくなるし、欲しかったものを買うことに強い喜びを感じる。

でも、いくらファッションが好きだからといって、ただクローゼットを満タンにすることで本当に幸せだと感じられるものでしょうか?

環境負荷 軽減
う〜ん…。

辻井隆行さん:
もしも、100着の服を買うのではなく、10着の服で満足できたなら、余ったぶんのお金や時間を使って、もっと自分が幸せだと思うものを買ったり、新しい挑戦をしてみたり、これまでにない新しい体験ができるかもしれない。

そして、買うものが減れば、おのずと環境負荷は軽減します。そんなふうに、自分の幸せについて考え直すことって、実は環境にとっても良いことが多い気がします。

ーーたしかに。

辻井隆行さん:
環境課題の解決への取り組みは、その場でやった行動が結果として現れるのにすごく時間がかかる。しかも、環境破壊が進んで、たとえ地球の気温が一度上がったとしても、ただちにすべての人間が生きていられなくなるわけじゃない。だから、当事者意識を持って行動するのが難しいんです。

未来を生きる人々のために良い環境を残していきたいけど、未来の幸せを守るために現在の幸せを犠牲にしていても続かないですよね。むしろ無理をした反動で環境課題について考えるのが嫌になってしまうかもしれません。

未来と現在の世代、そのどちらの選択肢も狭めないようにするために、一人ひとりが自分にとって何が幸せなのかを真剣に考えることが大切だと感じます。

環境課題 解決

ーー自分の幸せについて考えることが、環境課題の解決に繋がることは理解できました。とはいえ、誰もが環境課題に向き合うのは難しいような…。

辻井隆行さん:
僕も地球に暮らす全員が環境課題について向き合うべきだとは思っていないんですよ。

環境課題以外にもジェンダーや貧困など、同じように深刻な課題がたくさんある中で、全員がすべての課題に意識高く行動してもらうなんて無理じゃないですか。僕自身にも知らない社会問題はたくさんある。

だからこそ、一つの問題、この場合で言えば、環境課題について感度が高い人同士が協力して、本気で動くことで、社会システムそのものを変えることが大切です。そうすれば、環境課題に関心が低い人でも環境破壊に加担しなくて済みますから。

丸裸になった森林。バンクーバー島で見た衝撃的な光景

辻井 バンクーバー 衝撃

ーーそんな辻井さんは、なぜ環境課題について考えるようになったのでしょうか?

辻井隆行さん:
仕事としては会社のミッションそのものが環境保護であった前職パタゴニアでの経験と、個人としては環境破壊のリアルを目の当たりにしたことですね。

僕は20代半ば社会人リーグでサッカーをしていたのですが、引退後に、大海原をフィールドにするアウトドアスポーツ「シーカヤック」に出会いました。

1997年の夏、約3ヶ月間のキャンプ生活を送りながら、カナダ西海岸のバンクーバー島をシーカヤックで一周しました。

そこで、人目につかない場所にある森林が伐採されている姿を目にして、衝撃を受けたんです。それも、ただの伐採ではなく「皆伐(かいばつ)」と呼ばれる、森林を丸裸にするような大規模な伐採でした。

森林を失った土地は、健全な川の流れを失い、魚が遡上できなくなります。そして、森と海と川の恵みである鮭を生活の糧にして生きてきた先住民の人々の生活が脅かされていたんです。

辻井隆行 森林伐採 語る
そんな…。

辻井隆行さん:
森林伐採そのものは地域の法律で禁止されているわけではないので、誰も罰することができません。それに、大幅な伐採によって木材を輸出することで利益を得ている人たちと、原住民の生活は分断されているため、払われている犠牲を気に掛ける人も少ない。

痛ましい現状を知り、ビジネスで発生した不都合なコストは、遠くの誰かや、声なき自然に押し付けられているのだと実感しました。

ーーやはり実際の光景を目にすると、自分ごととして捉えてしまいますよね。

辻井隆行さん:
環境活動を実感しようと思うなら、現地の空気感を感じないとわからないことはたくさんあると思います。僕にとっては、自分が自然と繋がっているという感覚が、環境課題に向き合う上で必要不可欠なんです。

でも、都心では窓の外を見るとコンクリートの建物ばかりですよね。これでは、自然と繋がっている実感は得られない。かといって、全員がアウトドア・スポーツをやったり、一次産業に従事すべきだとも思いません。

でも、公園の木陰で風を感じたり、川のせせらぎに耳を傾けたりすると、誰だって癒されますよね。そういう瞬間、日常的に感じられる自然との接点を大切にすることが重要なんじゃないかな。

ローカルエリアの発展で「自律分散型社会」は実現できる

自律分散型社会

ーー辻井さんがJリーグでの活動を通じて、目指す未来を教えてください。

辻井隆行さん:
すべてのクラブがそれぞれのホームタウンで、地域を活性化させながら、環境課題の解決にも貢献できたら素晴らしいなと思います。

地域ごとに環境課題を解決するのは小さな取り組みに思えるかもしれません。でも、小さく始めることに意味があるんですよ。

ーーどういうことですか?

辻井隆行さん:
たとえば、今、森を伐採したり、田畑を壊してソーラーパネルを敷き詰めたりする大規模発電施設が問題になっていますよね。

気候変動問題に向き合うには温室効果ガスを発生させないエネルギーへの転換は不可欠です。でも、それをたとえば馴染みのない大企業が自分たちの街にやってきて、自然を破壊しながら行えば、地域の方々が反対するのは当たり前ですし、環境課題の解決という視点からも矛盾が生じる。

でも、農地を農地のままに上部の空間をうまく活用しながら太陽光パネルを設置して、発電と営農を両立する「ソーラーシェアリング」という手法なら、自然も破壊せず、地域の産業も育てながら、自然エネルギーへの切り替えが進められる。概して、小規模にはなりがちですが、だからこそ地域の人々との距離も近くなるし、顔だって見えやすい。

そんなプロジェクトをクラブがハブになって、全国各地のホームタウンで行うことができたら、地域の中で環境課題に関するコミュニケーションが生まれます。

そして、地域で必要な電気を太陽光発電でまかなえれば、地域のなかでお金も循環するようになり、住民に自治の意識も芽生えやすくなります。

環境課題に関するプロジェクトを行うだけで、「顔が見えるコミュニケーション・自治の精神・地域内循環」の3つのシナジーが生まれるんです。

Jリーグ 地域環境

ーー地域のなかで「小さく始める」ことにはさまざまな相乗効果があるんですね。

辻井隆行さん:
そうです! 

今は都心に行政や金融、商業など社会機能の多くが集中していますが、
都市と地方のバランスが良くなり、それぞれの地域に自治の精神が芽生え、経済的にも自立していくことが、環境問題の解決にとって重要になると考えています。その上で、地域同士の間でお互いにないものを交換し合う、ゆるやかなネットワークが生まれる仕組み作りに貢献したいですね。

ーー一自律しながらゆるく繋がる。まさに理想的な社会ですね。

辻井隆行さん:
僕はそんな社会を「自律分散型ネットワーク社会」と呼んでいます。そして、Jリーグのホームタウン制は、それを実現する潜在的な可能性を秘めた素晴らしいプラットフォームだと信じています。

そうしたプラットフォームを活かしながら、クラブをハブにした地域の活性化と、クラブ自体の活性化の循環を促進することが、我々「サステナビリティ部」の目指すべき未来だと強く感じています。

辻井隆行 サステナビリティ部

(取材・執筆=目次ほたる(@kosyo0821)/編集=いしかわゆき(@milkprincess17)/(撮影=深谷亮介(@nrmshr))

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