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SS『校舎はどこかに繋がる』
【お題『暴風』】
風が止んだのはその一瞬だけだった。君は笑っていた。窓際で僕を見てる。
臨時休校になった校舎の中で、僕は帰ることが出来なかった。雨にも負けず一生懸命登校したというのに、社会は無慈悲に到着してから休校を告げる。
ローファーの中は水没していて、僕は歩く度に水たまりを作る。
帰ればいい。
帰ればいいのだけど、来た時よりも強くなった雨と風の中を疲れ果てた体で駆け抜けることが出来るような強い人間として僕は育っていない。
廊下は電気が着いているというのに薄暗く、背後からの気配を感じたくなってしまう。誰もいない。音が響いているような、すべてが吸収されているようなそんな空間を心地よいと思ってしまった時点で、僕は非現実感を楽しんでいたのだろう。
濡れて気持ちの悪い制服を意識から排除しながら、暗い校舎を歩いていく。廊下の蛍光灯は点灯しているというのに、それよりも四隅から侵食する闇の方が深い。世界最後の日のような気がして、首がチリチリする。
僕らが使わない教室も存在していて、たくさんの人の思い出の地となっている。自分が知らないからって無いもののように過ごしていた。机の上に椅子が上げられているクラスの黒板の落書き。どの教室にも人がいた形跡がある。
並ぶ教室のひとつから光が盛れていた。僕の他にも同じように下校を見送った人がいるのだろう。ドアは開け放されている。僕は「酷い雨だね」なんて話しかけることが出来る人間だっただろうか。好奇心がその教室の前を歩いていった。
「ねぇ」
暴風の音にかき消されることなく、声が聞こえた。教室の中の女の子が僕のことを見ていた。
「雨ひどいね」
僕はドアの前で足を止めて、「うん」と下手っぴに答えた。濡れた紺のセーラー服がその子を縁どっていた。雫が前髪から滴り、落ちて、机を濡らしているのが見えた。
「誰もいないと思ったのに」
その言葉をかき消したいのか、外では雷が鳴った。そして、一瞬の静寂が僕らを包む。教室は三年六組。
「君は何も見てないよ」
次の瞬間、ガラスを突き破った桜の木によって僕の顔は濡れた。君は笑っていた。
だけど、電気も付いてないこの教室には僕しかいない。春の終わりの風が割れた窓から入ってくる。
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