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【バイト奮闘記⑧】自分を嫌いになる場所と好きになる場所

自分を嫌いになる場所にはいなくていい。

土曜日の居酒屋は忙しい。
18時になり始まったA店のバイトは、人生で初の生理中でのバイトであった。

午前中からお腹が痛くて、唸っていた。
私の生理は重い方ではないだろう。たまに、定期的に、酷く痛む時がある。
フラフラと力が抜けて、頭痛がしたり、貧血で倒れそうになったり。
よくある症状だろう。
それなりに対処もしてきたから、重くない方である。
だけどやっぱりしんどい日はある。
初日、2日目はジクジクと痛む。
珍しく薬を飲むほどにしんどかった。バイトだからという理由もあった。

しんどかった。
だけど、休めない。

薬が効いて、動けるようになる。

いつも通り、メニューを入れ替えていると1組目の予約客が現れる。
本日は3組の予約が既に入っていた。
自粛が終わってきたのだと実感する。
みんなやっぱり、飲みに行きたいんですね、そうですよね、と嬉しいような切ないような気持ちでいっぱいになる。

3つあったテーブル席は埋まり、カウンターもほぼ埋まった。

お客様から「暑いから空調どうにかしていい?」と言われるほどの熱気。
土曜日は少し暑かったからより空気が滞ったような暑さがあったのだろう。
注文も多いため、料理の熱がこもる。

生ビールを色んな席に運んでいく。
新しく頼まれたものを作る。

冷静に頑張っているつもりだけど、難しい。
まだメニューを覚えきれていない私が悪いのかもしれない。

生ひとつ、
お茶ひとつ、
コーラ、
カルピス、
料理多数。

伝票に記入していた。

まず初めの失敗。
カルピスサワーを頼まれていたのに、カルピスソーダだと思ってしまい、間違った提供をしてしまった。
ひとまず謝り「いいよいいよ、大丈夫、これでいいよ」と言ってくださったが、店長に「ちゃんと出しなさい」とサワーを出すように言われ、作る。

なんてダメな人間なんだ、私は。
どうしても覚えることが出来ない。
音声情報を記憶に入れることが苦手だった。

何度も注文の出るジントニック。
30gにトニックをこの線まで。
中村をお湯割り。
60gで1体1になるぐらい。

沢山のお酒の割り方を全部覚えるには、時間が足りていない。
同時進行で沢山のお酒を作り続けていると、
「ジントニックは60?これは焼酎か?焼酎は60だっけ、サワーは30?あれ??」と何もかもわからなくなる。

覚えられない自分が嫌いだ。
本当にろくに仕事が出来ない人間なんだ。
もう向いてない。

焼酎とサワーとそれ以外の違いがわからない。
それはお酒を飲まないからで、お酒に興味が持てないからかもしれない。いや、確実にそうなんだ。
ああ、もう嫌だもう嫌だ。

度重なる注文、私の思考はショート寸前であった。
そこでお会計が来る。

私は数字が苦手だ。バイトの度にレジを間違えてしまうから、もう私にさせないで欲しいと本当に思う。

打つ。
生ビールが2つ、焼酎、サワー、お茶、コーラ……
唐揚げと卵焼きとなになにとなになに……
大量に打つ。
それは、伝票2枚分に及んでいた。
お茶を1つ打って、10000円と出る。
あー、あってそうな気がする。

「1万円になります!」
とお客様に言ってお金を受け取る。
「ありがとうございましたー」
出ていったお客様に店長がお見送りをしている。

パッと、書いたものを見る。
伝票を。
あれ、下に料理がまだ書いてあった。
これを足した覚えがない。

「すみません!!!」

大きい声でよびとめる。
すみません、お会計間違っていました。
店長がどういうこと?と聞く。
1枚目だけ足して、2枚目の料理を足してなかったんです。

対応を代わりにしてくれた。
2000円と追加で頂く。

危うく私は2千円の損を出すところだったのだ。
心臓が早く痛くなる。
手が震える。頭が白くなっていく。
冷静にならないといけないのに、何もかもわからなくなる。

「ああいう時は、慌てないで。もっと毅然とした態度で対応して」

でも、それってどうなのよ。
私がお客さんなら、毅然とした態度で謝られると「悪いと思ってないのかな」と思ってしまうのでは?
慌ててるぐらいの方が、「ああー慣れてないのかな、本当に悪いと思ってるんだな」と思うのではないか?

それは私だけなんだろうか。

とはいえ、私が悪いだけの話だ。
伝票を終えたものを刺す場所に置いて、別の作業に入る。
また新たな注文に対応する。
色んなお酒が頼まれる。
色んな料理が頼まれる。
豆腐とかいてしまって、「豆腐コロッケ」なのか「豆腐サラダ」なのか尋ねられ謝る。

新しい伝票を持っていかなくて、書ききれなくなって覚えることも出来ず、取りに帰りまた聞く。
そんなことを続ける。
私は記憶力がない。

もう嫌だ。早く帰らせて欲しい。しんどい疲れたもう嫌だ。お腹が痛い。薬が切れてきた。腰が痛い。

切り取れるタイプの伝票であるから、その片方を料理台に置くことで料理をする店長に注文が通る。

その切り取ったものには連続して繋がっているから、どこかにテーブル1などどの席の注文かをかけばいい。

そう教えられていた初日。
だから私は、今までの2日間はそうやってやってきた。

「全部に書くように癖付けて」
唐突に言われる指示。何を指しているのかも初めは分からなかった。
それは、店長に渡す分の伝票の全てにテーブル1などとかけと言うことであった。
「切り取るからわからなくなる」そうだ。
そうだろう。私もそう思う。だから直ぐにそれに順応する。
だけど、今までそうやれと言っていたでは無いか。
その言葉を私は責め立てられているように取ってしまった。
私が指示を聞いていなく、前からそう言ってたのに間違ったことをしている。
そう言われたような気がしたんだ。

モヤモヤする。
間違ってなかったことなのに。
私が悪いように言われるのが悲しかった。
そう捉えてしまう自分が嫌いだった。

ふと、伝票置き場を見る。
あれ?テーブル2はもう今は誰もいない。そう、さっき間違って会計したお客様。

ん?もしかして私、間違った注文伝票を会計してしまったのではないか。
いやさっき刺したはずだ、それは別のお客さんのだったのでは?別のお客様の注文を勝手に私が間違えて足してしまったのではないか?
頭がパニックになる。
息が出来なくなる。
ヒィっって、苦しくなる。
無理だ無理だ。間違ってしまったかもしれない。
店長はよく「店が損をする分には大して問題ないから落ち着いて対処して。お客様が損をする方が問題だ」と言っている。
もしかしたら、私はお客様に損をさせてしまったのではないか。

苦しい、苦しい。
どうしたらいいのか。

座り込んでしまった。
「え、どうしよう、間違ったかもしれません。あれ、わかんないです、すみません、すみません」

冷静さは消えていた。完全になくなってしまっていた。もう無理だ、頭がおかしくなっていた。

考える、これは、間違っていなかった。
たぶん、私が伝票を1枚分しか刺さなかったんだ。2枚目を刺すのを忘れていたんだ。
それだけなんだ。
間違ってない。
ただ、ただ、勘違いしただけだ。大丈夫。

それだけの事を私は理解するのに時間がかかった。
パニックになっていたから。

私は、生理中はすぐにパニックになる。
頭が動かなくなって、もう無理、本当に最悪で何もかも出来なくなる。
ちょっと何かをミスっただけで、わああああああああと発狂するように焦る。何も考えられなくなり、死にたくなる。

思考力が無くなるのだ。

高校の時、数学のテストが毎朝あった。5問だけ、しかもめっちゃ簡単な問題。
中学校のレベルだ。
3桁の足し算とか、掛け算、割り算、小数点、そんなのからレベルが上がっていくけれど、やっぱり中学校レベルだ。
登校中にテスト範囲を勉強し直す、何回も何回も解いて間違えないようにしていた。
なのに、生理中になるととたんに何も解けなくなるんだ。
テスト時間は五分ぐらいだった。
それに焦り、ハッハッハっと息が上がる。無理だ無理だ。文字が文字として理解できない、何が書いてあるか分からない、何をどうすればいいのか分からない。
x=で書けばいいのかすら分からない。

何もわからなくなるんだ。
頭は真っ白になり、動けなくなる。

こういう症状は女性の多くに共感してもらえるぐらいにはポピュラーでしょう。
私はそれが顕著なんだ。

この日のバイトもずっとその症状で何も出来なくなっていたのだろう。

世の中の働く女性はスゴすぎる。
こんな大変なのに毎日働いている。
生理がある日も当たり前のように働いている。
心の底から尊敬した。

早く帰りたかった。
22時になれば上がれると思い、あと何分と心で唱えながら頑張って皿を洗ったり片付けたり奮闘していたつもりだ。

22時。
一刻も早く帰りたかった。賄いも食べすに帰ろう。もう早く家に帰ろう。生理の血が温く肌に当たっているのを感じる。

上がっていいですか?

そう尋ねるのも勇気がいった。
だけど、頑張って言葉に出した。

しかし
「え?いや……、前、最悪24時まで行けるって言ってたよね?」
と言われる。

もう少し働けと言うのだ。
確かに、お客さんはまだ4組いる。忙しい部類に入るが、そのうち2組はもうそろそろ終わりの雰囲気だ。注文も一段落している。
もともと22時と言っていたのに。

混乱する。
私は帰ることが出来ないのか。
お願いだ、早く帰りたい。生きることが出来ない、もう無理もう無理ヤダヤダ。

「じゃあ、30分までで」

やっと、決まった。よかった、30分なら頑張れる。誰も会計をするな、誰もこれ以上注文をするな、私は皿だけ洗うから。

もう息ができない。
死にたくなっていた。
自分のことが嫌いすぎて、辞めたかった。もうここで働くことは出来ない。
こんな私じゃダメだ。
店長は使えない人間だって思っているだろう。
苦しい、無理だ、嫌だ。
私はそんなに出来ない人間じゃないのに。
ここでは、私は何故かなにも出来ない。
何故か、分からないけど、何も、できない、どうすることも、できない。

辛くて仕方なかった。
無理だった。

早く帰る。もう無理、30分になって帰ろうとする。でも、テーブルにまだ皿があった。
さすがに悪いと思って、回収した。
「やらなくていいよ、できるなら出来るで、ちゃんと給料発生させて」
その言葉は正しい。ありがたい言葉だ。
だけど、なんでかそれすらも私は責められているように感じる。

冷たい空気の中、自転車を走らせる。
泣きそうになった。
もう無理だ、と声に出すだけで耐えられなくなっていた。
ごめんなさい。
私はできません、無理です、すみません、すみませんここでは働かない方が良さそうです。

死にたくて仕方なかった。
私はこんなにもダメな人間だったか?
なんなの、私最悪だね。

B店でバイトをすると体調が悪くても帰る時「楽しかった」と思えるのに、なんでだろう。
A店で働くと「自分が嫌いだ」となってしまう。

なんでだろう。

B店で働いたら自己肯定感が上がる。
A店で働いたら自己肯定感が下がる。

それは、店長のせいではない。
ただ、私がダメなだけなんだ。向いてないだけなんだ。
居酒屋が苦手だったんだ。
向いてない存在だったんだ。
お酒も好きじゃない、タバコもダメ、そんな奴が働くには向いていない場所だった。

それだけの話だ。

A店は辞めよう。
B店の専属にしてもらおう。
無理かな。

私は、自分を嫌いになりたくない。
自分のことを嫌いになるのが嫌なんだ。
お店が嫌いなのではなくて、店長が嫌いなのではなくて、その場にいる私が嫌いなんだ。

人間は、自分のことを一瞬でも嫌いになってしまう場所にいてはいけない。
自分のことを好きになれる場所にいるべきだ。

思えば、1年ゼミは周りのことを嫌いにはなったが自分のことを嫌いにはならなかった。それはD先生のおかげである。D先生が好きで、その先生と関わるときの自分が好きだった。その先生に褒められるようないい作品を作ろうとして完成させれた私が好きだった。

夢文学ゼミは、言い返せなかった自分が嫌いだった。いい作品を書いていたのは1年ゼミと同じなのに、批評に反論できなかった自分が嫌いになった。だから、その場にいるのを辞めた。

今の妖怪ゼミも何故かときどき自分のことが嫌いになる。過剰に喋ってしまう自分、仕切ってしまう自分、そういう自分を見つけてしまい嫌いになる。

他者からの目線があってこそ、その自分が出来上がるのだが、その自分が嫌いになってしまう。

人生に置いて、一生ずっとずーーーっと一緒にいるのは自分自身のみだ。
誰も彼もいなくなる。
私は死ぬ時以外居なくならない。死ぬ時も一緒だ。
だけど、私はすぐに自分のことを嫌いになってしまう。
些細なことですぐに嫌いになる。
もともと嫌いなだけに、簡単にまた嫌いになる。
私のことを世界でいちばん嫌いなのは私だ。
今までずっと大嫌いだった。

だけど、嫌いになんてなりたくない。
私のことを愛していたい。
大好きで仕方ないよ、って思える人間でありたい。
他者に迷惑をかけない自己愛は大事であろう。

私は私が好きでいたい。

私は、私を嫌いになる場所にはいたくない。
私は、私を好きになれる場所にいたい。

選ぶ立場にないって思ってた。
だけど、いつだって自分で選んでいいんだ。

最愛の私を好きでいられる場所にいたい、と思ったって誰にも迷惑をかけないのではないか。

A店はたくさんアルバイトがいる。今月も4日しか入らないぐらい、他にバイトがいる。
B店は私に「期待してるよ、頼んだよ」と言ってくれるぐらい私のことを大事に育てようとしてくれている。
契約書を交わすという点もB店の方がいい。

でも、A店に面接で入ったんだからそんなことしていいのかな。
悪いやつかな。ダメかな。
B店だけで働きたい。給料の面でも少しだけ良い。
料理もできる、接客も余裕を持ってできる、他のスタッフとも心地よいコミュニケーションを取れる。

私はB店にいたい。
B店で頑張りたい。

B店で働いている私が好きだ。

私は私が好きでありたい。
自分が大好きだと言える人間になりたい。
私だけは、私を好きでいてあげたい。

それじゃダメですか?
私は、私を愛するために生まれてきたんです。

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