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ショートショート33 「DIY」

DIY殺し屋マニュアル…。

怪しげな露天商のおっさんから買ったUSBを、ネットカフェのPCに恐る恐る差し込んでみる。

だって、コンピュータウィルスなんて入ってたらたまったもんじゃないだろう。いきなり自分のPCに挿すやつなんていないさ。

見た所、PCに異常は無さそうだし格納されているのも、

ただのHPのリンクだけのようだ。

マウスをダブルクリックして、HPを展開する。

…なかなか興味深い。これは家に帰って、じっくり読むことにしよう。

俺は、ネットカフェから出て自宅へ向かった。


誰を殺そうとしているかって? 一週間前に俺をフッた元婚約者だよ。

人は年収や肩書きじゃない、心だよ。と聖人みたいな台詞を吐いておきながら、友達に「人数が足りないから、どうしても」と誘われた合コンで、3つの事業を経営する若社長に言い寄られて、コロッと乗り換えちまいやがった。

それだけの理由で、って? 愛していればいるほど、裏切られた時それは憎しみに変わるんだよ。

俺が、どれだけアイツのことを愛していたか、その愛情の深さを推し量って欲しいもんだね。


そんなこんなで、茫然自失の状態で街を彷徨っていた時に、路地裏で怪しいおっさんに声をかけられて手に入れたのが、このUSBというわけ。

DIY殺し屋って、自分でやるんじゃ、タダの殺人じゃないかって?

俺も、同じ台詞をおっさんにぶつけたよ。

曰く、感情に任せて無計画に行うのがタダの殺人。

素人仕事じゃ、すぐに足がついちまうし、そもそも、しくじっちまって相手は生き延び、捕まり損ということもあり得る。

キチンとした技術と作法を持ち合わせ、確実に相手を仕留めるのが、DIY殺し屋というわけらしい。


自宅のPCで改めてファイルを開いてみる。

マニュアルの最初のページには、

「まず落ち着きましょう。プロは仕事に感情を持ち込みません。感情に振り回されていては成功するものも、成功しない。あなたが最初にすることは、深呼吸です。」

なんて、書いてある。ナメてんのかって思ったけど、まぁ、確かに落ち着きないかも、今の俺。

とりあえず深呼吸だ…。ふぅ、で、次は?

「次にやることは、決行日の選定です。このマニュアルは、あなたを3ヶ月でDIY殺し屋に育成します。3ヶ月後、決行するにあたって最適と思われる日程を、決めてみましょう。この日程は、仮です。後から修正することも可能なので、まず決めてみることを意識してください。」

3ヶ月後か。仮日程ということだし、アイツは営業職だから、職場の飲み会も多い金曜がいいかな。よし、このあたりでいいだろう。

「続いて、当日の時間割を作成します。決行当日、ターゲットが一人になるタイミングは? 殺しやすい状況になるのは? そのためにあなたは、どんな準備をしますか? 1日の流れをイメージしましょう。」

なるほど。勢い任せて殺しに出ても仕方がないというわけか。そうだな、飲み会の後なら、酔いが回っていて変に抵抗される心配もない。

一人になるのは…家まではタクシーを使うから、タクシーを降りてから、部屋に入るまでのあの辺だな。なんだか、具体的に見えてきた。やってやる、やってやるぞ。

「次に、お好みの殺し方を選んでください。必要アイテム、訓練方法、隠蔽工作の方法についてのページが開きます。」

あの裏切り者には、俺の恨みを直接ぶつけてやる、と決めていた。方法は迷わずナイフ一択。

その後、マニュアルに従い、購入した巻藁とサバイバルナイフを使って、俺はみっちりとナイフ捌きを体得していった。


そして3ヶ月。


たった3ヶ月とはいえ、毎日欠かさず練習した結果、ナイフはだいぶ手に馴染んだ。

これならイケる、そんな自信が湧き上がってくる。

俺はマニュアルの最終章

「すべての準備が整ったら、クリックしてください。最後に一番大切なことを教えます。」

と、書かれたリンクをクリックした。

途端にPCのインカメラが起動し、カシャッというシャッター音の後、驚く俺の顔が写真に切り取られた。

画面を閉じようとしても、閉じられなかった。電源を落とそうとしても、どのキー操作も受け付けない。

画面には、


「一番大切なことは、殺人なんて馬鹿な真似を思い留まること。普通、何ヶ月もあれば、自分で気づくはずなんですが。まぁ、刑務所でじっくりと反省してください。」


と書かれていた。

マジかよ…。部屋の中には、そこここに殺人のための道具が散らばっていて、ごまかし様がない。


ガックリと膝を落とした俺の耳に、

サイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。


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