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ショートショート58 「スクリーミング配信」

ここは、ある山奥の廃寺。

妖怪達が一堂に会し、長であるぬらりひょんを中心に会合を開いていた。

前回の妖怪デリバリーサービスは、ものの見事に失敗し「恐怖の対象としての妖怪像」を取り戻すべく三度、起死回生の策が必要となっていた。

最近の彼らの悩みは、専らウィルスの蔓延による人々の衛生観念の変化だ。初心に帰ろうと、それぞれが夜道で人を驚かすことに挑戦したものの、

「ソーシャルディスタンス!!」

と一喝され、項垂れて帰ってくるケースが後を絶たなかった。

「あっしに注意してきたジジイなんて、マスクから鼻が出てたってのに。あれじゃあマスクの意味がないですぜ。自分のことは気にしないけど、人には口角泡飛ばして、罵詈雑言を浴びせてくるなんざ、世も末でさぁ。」

一同は一つ目小僧の愚痴に頷きながら耳を傾け、かたわらで「私は、対策バッチリ。偉いでしょ? 偉いでしょ?」と目で訴えかける口裂け女を、無視していた。

さて、どうしたものかと思案に暮れている中、化け猫が口を開く。

「長、世の中はライブ配信が主流です。この際、我々も配信サービスを始めてみてはどうでしょうか?」

この提案に長は大きく頷いた。

「それはいい。道行く人に違う意味で嫌がられることもなければ、ここにいながらより多くの人間に恐怖を届けることができる。ネットの波に乗せて、人間どもに我々の恐怖を拡散してやろうぞ。」

こうして、さらなる議論が重ねられ、妖怪専門の動画配信サービス「スクリーミング配信」がスタートした。


❇︎


1ヶ月が経ち、スクリーミング配信の人気は低迷の一途を辿った。問題は明らかで、妖怪達のコンテンツ生成能力に致命的な問題があったのだ。

彼らの行動様式は非常に単純で、決められた一つのことしかできない。何かされてしまうのではないか? というライブ感があってこそ始めて恐怖を生み出す彼らと、映像配信は非常に相性が悪かったのだ。

今も、べとべとさんにカメラが向けられているが、彼は困惑し切っている。長が必死にカンペで指示を出すものの

「いや…おいら、夜道で誰かのあとをついていくしかできないんですよぉ。」

とモジモジするのみだ。仕方なく前を歩く塗り壁の後ろをべとべとさんがついて歩くという15分の動画が撮影されたが、満場一致でお蔵入りとなった。


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そんな中で、女性妖怪達の配信だけが再生数を伸ばしていた。秘訣を聞いても彼女達は答えたがらない。

こうなったら実際に動画を確認するしかない、と男性妖怪達は古寺に集合した。今日の配信は、雪女である。

一同は、人気の秘訣を見逃すまいと食い入るようにパソコンを見つめる。

画面の中では、フゥッと吐き出された雪女の吐息にピンクの照明が当てられ、艶かしい雰囲気が醸し出される中、一枚…また一枚と、彼女は着物をはだけていった。

長は手の平で顔を覆った。

「なんと嘆かわしい…視聴数を上げるために、肌を晒すなどと。」

大仰に声を上げて嘆いて見せるものの、指の間からビキニ姿となった雪女の姿を、ずっと見続けていた。

「意外と…いい身体してるでやんす。」

「おいら、いけないものを見てしまっている気が…。」

口々に感想を言いながら、鼻の下を伸ばす妖怪達をみて長はいう。


「あぁ…げに恐ろしきは、欲望よ。」


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