ショートショート63 「免許」
無機質なチャイムの音が昼休みの終わりを告げ、先生が教室に入ってくる。私たち生徒はいそいそと教科書の準備をするものもあれば、面倒くさそうに席に戻っていくものもある。
ある男子グループは、日差しが突き刺さるようになってきたこの晴れ空の下、サッカーに興じていたらしく、バタバタと足音を響かせながら教室に駆け込んできた。
教室にもクーラーが設置されるようになって久しいが、火照った身体が冷静さを取り戻すにはしばらく時間がかかるらしく、下敷きで慌ただしく顔を扇いだり、ズボンやシャツの裾をバタバタやって、少しでも暑さから逃れようとせわしない。
それでも昼間は身体を動かさずにいないのが男子の性分なのだろうか。あまり身体が丈夫でない私には、その感覚は分からないけど…。
教卓についた先生も、相変わらずのマイペースだ。明らかに授業に集中してない生徒を咎めるでもなく、淡々とした喋りで授業を前に進めていく。
日本史の山形先生(通称 山じい)の授業は、そんな調子でお互いのマイペースを共存させる余白がある。
三年生になり受験を意識し始めた面々の中には参考書を広げて内職に勤しむものもあれば、昨晩遅くに床に着いたのか、足りない睡眠時間をここで補給するものもあり、なんていうか全体的に空気が緩い。
とはいえ、束縛を嫌う多感な10代の私たちには、聞くも自由・聞かぬも自由といった放任主義の山じいは人気があった。
彼の担当は日本史。パートは近現代史に差し掛かっており、今日は2050年頃の日本の施策について黒板にチョークをぶつけながら解説を加える。
「…というわけでですね。アルコールに起因する非倫理的なハラスメントに関して、対策をするべきだと協議が為された結果、飲酒は免許制になったわけです。
車の運転と同じ感じで…ね。飲酒したいなら教習所に通って、免許を取得しなきゃいけないと。
そこで二日酔いの危険。アルコールが肝臓に与える影響。酔うことで自制心が効かなくなった結果、起こりうるトラブルに関して、教習が行われたわけです。
私の父親世代は、みんなこの教習所に通っていたそうですが、そりゃあ窮屈だったそうですよ。ハメを外したくてお酒を飲むのに、それに対する監視や罰金。逆にストレスが溜まってしまうことからお酒の売り上げがガクンと落ちた。酒税の税収が減ってしまったことも問題となったのですが、もう一つ問題が起こりまして。
ええ、指導教官たちは、実習で毎日お酒を飲むわけですから、体調不良者が続出したり、1日に何コマも実習が入った教官たちが、ハメを外してしまって、全国各地で教官によるハラスメントが多発したのであります。
それが社会問題となりまして…ええ、世論の煽りを受けて、この制度はわずか3年で廃止となったのです。」
そんな制度があったというのは昔話として聞かされていたけど、家に帰ってもお酒を飲んでばかりのお父さんを見ていると、免許制…復活して欲しいけどなぁ。
「まぁ、私なんかはお酒大好きですからね。この制度が廃止された後に大人になって良かったと思いますよ。
それにお酒って悪いものじゃないと思いますからね。タガが外れているからできることだってあるわけでして。
皆さんのご両親がお酒の勢いを借りたから、皆さんが生まれたって事例だってあるんじゃないですかねぇ。」
…山じいはこの発言がセクハラとして問題となり、僻地の高校へ転勤していった。
結局、ものを規制するよりも、人の倫理観を統制することの方が大切なのだなぁ、と思うのだけれど、その方法がみつからないから、分かりやすい”もの”の規制に人は飛びついてしまうのだろうか…毎年夏が来るたび、あの授業を思い出す。
山じいは元気かなぁ。
発言にだけ気をつけてくれていれば、相変わらずでいて欲しいなぁと思う。
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