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ショートショート72 「クラウドの糸」

 ある日のことでございます。お釈迦様が蓮池のほとりを御散歩されておりました。

 池の淵にかがみ込むと下は丁度地獄の辺りとなっており血の池や針の山の様子がよく見えます。その中に、一人のYouTuberが他のYouTuberに紛れて蠢いているのが目に留まりました。

 男はKANDATAという芸名で活躍していたYouTuberでしたが、生前は企画のために人に迷惑がかかるのも憚らず過激な内容の動画ばかりをアップしては度々炎上騒動を起こす人騒がせな男でした。

 そんなKANDATAも、たった一度だけ良い行いをしたことがありました。「ホームレスに突撃インタビューしてみた」という動画の中で、あまりに無気力なホームレスに見かねて「まだやれるさ。諦めるな」と励まし、一念発起したホームレスを公務員として社会復帰させることに成功したのです。

 さて、地獄の底ではKANDATAを始め、多数のYouTuber達が地獄の責め苦を味わっておりました。ネタは豊富にあるものの、それを発信する環境がない。YouTuber達にとってこれほどの地獄はありません。

 悪知恵の尽きることのなかったKANDATAですが、この地獄の中ではそのアイデアを形にすることもできず、ただ血の池にむせ返りながら、無気力に天を仰ぐ他ありませんでした。

 その日もいつものように虚な目をして上を向いていたところ、スルスルと一本のLANケーブルが下りてくるではありませんか。

 生前のたった一つの善行を認め、極楽よりお釈迦様が下ろされたLANケーブルです。

 KANDATAは、まさに地獄に仏といった心地でそのLANケーブルに飛び付きました。

 「これで……これで地獄でも発信ができる!」

 そう思ったのも束の間、LANケーブルの存在に気づいた他のYouTuber達も、当然のごとくそこに群がってきたのです。

 「やめろ! これは俺のLANケーブルだ!!」

 振り払おうとするKANDATAに他のYouTuber達もうわ言のように

 「閻魔の椅子に画鋲置いてみた……」

 「鬼を何日で口説けるか……」

 と企画を口にしながらKANDATAの周りを取り囲んでいきます。

 その様子をご覧になったお釈迦様は、悲しそうな顔をしながらLANの回線を低速に切り替えました。

 繋がっているのに繋がらない、さらなる地獄へと落とされたYouTuber達の阿鼻叫喚から目を背けると、そのまま散歩をお続けになられたのです。


<了>

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