ショートショート62 「S町役場のお仕事2」
---前作はこちら
S町役場の行政相談窓口。
ショートカットの女性職員が真剣な面持ちで、窓口を訪れた50代くらいの女性の話に相槌を打ちつつ聞き入っている。
その後ろには、あくびを噛み殺すのに必死な様子の男性職員が相談が終わるのを待っていた。
女性は、時折チラチラと男の態度を咎めるような目線を送るものの、男は手の平を顔の前で二度ほどヒラヒラと払う仕草をしてみて
(いいから、お仕事に集中しなよ。)
と無言のメッセージを送る。女性は心の中で舌打ちをしつつも、町民の前では表情を崩さず、真剣に対応を続ける。
「…というわけで困ってるのよ。なんとかならないかしら?」
「夜な夜な、無人の商店街で不気味な声がする…と。誰か声の主を見られた方とかいないんでしょうか?」
「それが、誰も姿を見たことがないから余計に気味が悪くて…。」
「わかりました。一度こちらで調査してみますので。」
「すみません…お願いしますね。もう不気味で不気味で。」
ペコペコと頭を下げながら相談者は帰っていった。その姿が見えなくなり、女性が振り向くと同時に
「こりゃあ、赤電話がらみの事案だね。」
食い気味に男が言う。
そうしないといつものお説教が始まると予想したのだろう。実際それは当たっていて、女性は猫騙しを食らったように、喉元まで来ていた言葉を飲み下した。
「それって、幽霊絡みってことですか?」
「そ…。」
答えながらも男は赤電話の受話器を手に取り、ダイヤルを回している。
(あれって、こっちからかけることもできるんだ…。)
「あ、お久しぶりです〜。……」
男の会話に聞き耳を立てようとした所、腰の曲がったおばあさんにトイレはどこか? と尋ねられ、案内のためその場を離れた。
「…なるほど。それじゃあ、お互い協力してなんとかしましょう。ええ、ええ。それじゃあ今夜。」
戻ってきた時には、電話は終盤に差し掛かっていて、言い終わると男は受話器を置いた。
「今の電話って…」
「ん? あぁ、今回俺だけじゃ難儀しそうなんでね。ちょっと協力をお願いすることになったのさ。まぁ、今晩中に解決できるように頑張るよ。」
「わかりました。何時に出発ですか?」
「ん? …いや、付いてこなくていいからね。前も腰抜かしてたじゃない。」
「いえ、町民の皆様のためですから! 早く経験を積んで一人前に!! 私、絶対行きますからね。」
男は、うんざりと言った表情を隠そうともしなかったが、こうなると言っても聞かないことも知っているため「へい へい。」と諦め混じりで承諾の返事をした。
❇︎
深夜1時。無人の商店街を一定の感覚で設置された外灯が寂しく照らす。ネズミの足音すら騒音としてはっきり捉えられる静寂の中で二人は歩を進める。
入り口から20mほど進んだ先に、足元まで覆い隠された大層な法衣を纏った人物が立っていた。
「あ、どうも。お化けの被害に困ってまして。ご協力をお願いします。」
男は、軽い調子で声をかける。
「む? …私に任せておけば、いかなる魑魅魍魎の類とて、祓って進ぜよう。」
仰々しい物言いで、法衣を着た男は二人に加わった。
そのまま10mも行かないうちに、商店街の向こうから提灯を手に持った少年が歩いて来るのが見て取れた。着物姿に、電気が夜すら明るく照らす現代には不釣り合いなその出立。
(あれが…、不気味な声の原因?)
少年は、こちらに気づいているのかいないのか、ただまっすぐこちらへ向かって歩いてきていた。
「それじゃ、何卒よろしくお願いします。」
相変わらずの軽い調子で言って、一歩後ろへと下がる。
「む。」
と、法衣を着た男が前に歩み出て、ブツブツと念仏のようなものを唱え始めた。
少年と法衣の男が、お互い手を伸ばせば届くほどの距離に近づいた時、法衣の男は目を見開き
「カーーーーーーーッ!!!」
と数珠を持った右手を前に突き出す。
フッ……。
少年の姿は煙のように掻き消えた。
(終わった。あっさりと。見た目通りすごい人なんだ。)
と、女性が法衣の男に目をやると
「成功した。…成功したぞ。」
彼は眼から涙を流し、満足そうに足元から消えていった。
❇︎
「おーい、大丈夫?」
その場にへたり込んだ女性を覗き込むように男は声をかける。
目が(だから言わんこっちゃない)と言っていた。
「せ、、、せ、、、センパイ。今のって?」
「あぁ、霊能力者の幽霊。ちょっと抜けたところがあって、生前一度も除霊に成功したことなかったみたい。」
「へ? …じゃあ、騒音の原因って。」
「さっきも聞いたでしょ? あのカーーーーーーッてやつ。除霊が成功しないと死んでも死にきれなかったみたいだね。この辺の妖怪に聞いたら、彼らも困ってたんだってさ。」
「…じゃあ、昼間の電話の相手は?」
「あぁ、提灯小僧だよ。彼、姿を消したり現したりって得意だからさ。……今日は、どうもありがとうございました〜。」
商店街の向こうで手を振る提灯小僧に手を振り返しながら、男は言った。
やれやれと言った様子で、短くため息をつき、男は「立てる?」と女性に手を差し伸べるも、別に、平気です! とパンツスーツの埃を払いながら女性は立ち上がった。
帰りの車中、助手席の女性は男に質問する。
「そういえば、センパイ。幽霊相手だったら、前みたく杖を使って除霊したら、早かったんじゃないですか?」
「ん…いや。霊能力者の幽霊って、霊力が強くて、俺の錫杖が効かないんだよ。正直、相手にしたくないんだよな〜。」
(じゃあ、センパイが死んだらどんな幽霊に…)
とりあえずめんどくさいことこの上無さそうだ…。そう思ったものの口には出さず、女性は社外の景色に目線を移した。
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