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世界一うまいピザ。

「世界一うまいピザ、食べに行こうぜ」

カメラマンのケンは、そういって僕らをサンフランシスコの小さなピザスタンドに連れて行ってくれた。ダウンタウン、ノースビーチにほど近いその店は、ランチタイムが終わったばかりだというのにまだ行列ができていて、かなりの人気店みたいだった。

「おい、そこのお前。一見はお断りだぜ?」って感じのタランティーノ映画の殺し屋みたいなピザ職人、オールドスクールなテントと赤いタイルのローカル感たっぷりの店構え。

「そうそう、ピザといえばスライスで、ミソスープは前菜で、アメリカンドッグはコーンドッグなんだよね、アメリカじゃ。ああ、この感じじゃ残念だけど僕の好きなメニューはないかもしれないな…」

耳の後ろをだらだらと流れ落ちる汗。おのぼりさんだと思われないよう、アメリカについて知っている「どうでもトリビア」をぶつぶつと独り言のようにつぶやく。そんな感じで「俺はわかってる感」を演出しまくる僕に、「とりあえずペパロニとクランだぜ」と、ケンがこっそりとヒントを耳打ちする。ああ、なんて素晴らしいタイミング。彼はいつだってお見通しなのだ。おかげで今日も僕は、人知れず試練をひとつ乗り越えたのだった。ありがとう、ケン!

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「自分の言葉で言い切る」ってすごく大切だ。
「雑誌に載った」とか「yelpで点数高い」とか、他のどんなキャッチコピーも、ケンの「世界一うまいピザなんだぜ」ってひと言には絶対かなわない。だってそれは、「他人」じゃなくて「自分」の言葉だから。きっと世界中には、この店よりも美味しいピザが星の数ほどあるだろう。けど、彼にとっての「世界一」は掛け値無しにこの店のピザなんだ。自分の大事にしているものを、誰かに知ってもらいたい、体験してもらいたい。彼はきっと、心の底からそう思ってる。そういう「本気」と「リアリティ」は、絶対に正しく伝わるものだ。「セレブも食べてるらしい」、そんな借り物の言葉じゃ大事なことは伝わらない。その人が本当に感じてること、つまり「自分の言葉」にこそ、人は心揺さぶられるものなのだ。そうだよね、僕も今日からできる限り「自分の言葉」で話す努力をしてみよう。次々と焼きあがるピザを待ちながら、そう決心したのだった。

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ニンニクの風味がたっぷり効いたピザを、みんなで車の中で食べる。サクサクの生地に大量のチーズがとろりとかかった「ザ・アメリカン」なそのピザは、確かに世界一美味しかった(注:自分調べ)。メキシコ製のコーラをゴクゴク飲み干して、少しだけローカルに仲間入りした気分になった僕は、肩で風を切ってサンフランシスコを歩いてみた。ケンみたいに。

ずっと遠くにギャングみたいなスケーター。

「テキーラってほんとはサボテンのお酒じゃないんだよね…、ぶつぶつぶつ」。舌の根も乾かぬうちに、さっそく「どうでもトリビア」を始める僕なのだった。


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