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マンションと音と生活

僕は板橋区の賃貸マンションに住んでいる。
越してきたのは去年の夏。
ちょうど大きな案件が片付き、
それとともに、定期的な収入もなくなった。
正直、引っ越すにはギリギリだ。

そのさらに1年前。
僕の仕事にも、生き方にも、
まったく理解の糸口の掴めない父親と距離が置きたくて、
リュックひとつで、
ホステルを点々としたあと、
マンスリーアパートに数か月、
身を置いていた。

実家暮らし、いなか暮らしは、
お財布にはやさしいけれど、
それをおいても、
住民票を移して、
ひとり暮らしをするメリットのほうが、
精神衛生上、よろしいことしかなく、
迷う必要もなかった。

おカネは、また働けばいい。

もうさすがにこれまでか。
そういう時期も何度も過ごし、
40歳までにさっさと死のうと思って生きていたら、
40歳を超えてしまった。
死にぞこなったんだ。

話がズレた。
そんなこんなで、マンションに引っ越した。
外装、内装、設備、なんら問題ない。
自分には贅沢。
家賃も平均。
友達には、そんなに出してるの、とは言われたけど。

そうして、冬の入り。

生活音か、騒音のいざこざが隣室とその階下で起き始めたようだった。
確かに壁は薄く、
意外なほど音が抜ける。
賃貸マンションはそんなものらしい。

だったら、おたがいに気を遣って、
気を付けて、
平和的中立国の僕にはあまり理解できないのだけど、
そういう思考になれない人類もいることを知る。
愚かな。

季節は巡り、
隣人は引っ越していった。

それからの1週間。
まるで静かだ。

町が動いている音。
家電のモーター音。
換気の空気が流れる音。
グラスに氷を落とす音。
自分の足音。
パソコンをタイピングする音。

束の間だと知っている。

また、新しい隣人が来れば、
この空間は消える。

あと1週間か、2週間か。

梅雨が近づく。
うんざりする重たい空気に、
寝起きの汗ばんだ身体。
干せない布団。

僕の生活はまるで変わらないようで、
変わっていくのは、
僕のまわり、僕を見るまわりの目。
それだけ。

花瓶に挿した芍薬。
サンキャッチャーの映す午後のプリズム。
それがしなびていくのを、
それが変化していくのを、
今日もひとりで見ている。

僕の生活が詰まった、
誰かの景色でしかないマンションの一室で。

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