この世にたやすい仕事はない|津村記久子 著
津村記久子『この世にたやすい仕事はない』新潮文庫
大学卒業後に医療ソーシャルワーカーとして14年勤務し、“燃え尽き症候群”で仕事を辞めた36歳の女性が、短期の仕事を通じて自分自身を見つめ直していくストーリー。
「1日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」
そんなふざけた質問に的確に答えていくハローワーク相談員の正門さん。
主人公は勧められるままに、5つの仕事に従事します。
①1日中、ある小説家を隠しカメラで監視する仕事
②地域の循環バスの車内アナウンスを作る仕事
③おかきの袋の裏に載せる“小ネタ”を考える仕事
④路地を訪ねてポスターを貼り替えていく仕事
⑤森林公園の小屋で巡視と簡単な事務をする仕事
どれも現実にあるような無いような仕事ばかり。
しかし、どれも緻密な取材で描かれたようなリアリティで、「お仕事小説」として引き込まれます。
最初は投げやりに思えた主人公も、いろいろな人との関わりの中で、仕事にやりがいを見つけ、やがて前向きに仕事に取り組みはじめていく。
そこには、他人から認められた喜び、お役に立てた充実感、他者への共感など、働き続ける上で大切なことが散りばめられています。
第2話では、コミュニティバスの車内アナウンスを作る仕事を通して、地域のお店の売上はもとより、子どもたちの安全・安心にも貢献していく。
第3話のおかきの袋の小ネタづくりでは、お菓子を食べる人たちに、日々の楽しみを添えていく。
そういえば、亀田製菓の「おばあちゃんのぽたぽた焼き」の小袋にも暮らしに役立つ「知恵袋」が書かれていたな、と思い出しました。
いつもならポイっと捨てられてしまうお菓子の包装で、お客さんの暮らしの質をちょっと上げるって、何だかすごい発想とサービス精神ですよね。
改めてそう思いました。
第5話の森林公園の小屋で簡単な事務をする仕事では、謎だらけの推理小説のような展開。意外な結末に驚きます。そして、燃え尽きたはずの医療ソーシャルワーカーとしての職業柄が再び表に出てきます。
この仕事からこの展開?
小さな小さな入り口の先に、大きな大きな空間が広がる。
そんな驚きを感じることができるストーリーです。
***
仕事は楽しいことだけではありません。
「これってやる意味ある?」
と愚痴りたくもなるような作業もあります。
でも、そのひとつひとつの小さな積み重ねで、
大きな仕事や組織が成り立っている。
誰かの小さな貢献が、社会を作っている。
だから、どんな仕事も粗末にしてはいけない
どんな仕事も向き合い方次第で深めることができる
そんなことを教えてくれます。
そして最後に主人公は、
「どの人にも、信じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う」と述懐します。
燃え尽き症候群でドロップアウトしたものの、
5つの仕事を通じて、様々な人の生き様に触れ、
主人公の視点がグッと上がった瞬間。
どんなに順風満帆に生きていても、
奈落の底はいつも口を開けてそこにいる。
「明日は我が身」との警鐘か。
それとも、人生ずり落ちたって、それは特別なことでは無い。
絶望なんてしなくて良いんだよ、との励ましにも取れる。
要領よくは生きられず、遠回りをしがちな私は、いつだって七転八倒。
全身ズルむけです。
あっちこっちにぶつかりながら、1周回って少しずつ成長を重ねていく。
そんな主人公の生き様に、共感を覚えた作品でした。