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【Web小説】『令和の妖怪事情』第2話「令和の妖怪」

令和の妖怪


 枯れて倒れた木は空洞になっていた。
 頑丈だったので身を隠す場所としてちょうどよく、棲み家にしていたスネコスリは丸めていた体を伸ばした。

 ふわあぁぁ。
 よく寝たなあ……。

 思いっきり背を曲げたら、こわばっていた体がほぐれてすっきりした。くるんと体を回して立ち上がり、外へ出ようと木をすり抜けた。すると土が見えた。

 あれ? 眠っている間に木が埋もれてしまったみたいだな。
 これはずいぶん時が経っているかもしれない。

 焦る様子もなくスネコスリは土の中に頭をつっこむと、水の中を泳ぐように体を動かして上を目指した。しばらく進むと地上に顔が出た。

「なん…だ、これは……」

 頭を左右に激しく振ってみた。まばたきを何度もした。
 最後の手段として口の中で頬を強めに噛んでみたけど景色は変わらない。

 夢ではない、現実だ!
 何があったんだ!?

 スネコスリの記憶では眠っていた場所には雑草や木々が茂っていた。ところが目の前には灰色の地面が広がっている。

 俺がいた雑木林が消えている。
 土の香りもしなくなっている。

 地面にでこぼこはなく、きれいにならされていて物も落ちていない。無機質な地面はざかざかとうるさく音が鳴っていて人間が歩いている。

 今は夜だよな……?

 いつも夜になってから目が覚めるので、体内時計が正しければ夜のはずだ。人間は日が暮れると出歩くのを避けていたのに、男だけでなく女も闊歩かっぽしている。
 奇妙なのは人間だけではない。高いところに夜空が見えるのに、地上はまるで昼間のようにまぶしい。

 明かりが多い。高い位置にもある。
 だから昼みたいに明るいのか?

 スネコスリが顔を出した場所は東京の街中まちなかで、ビルの窓には明かりが煌々こうこうと照っており、街路には闇を消そうとする明るい街灯が立っている。
 黒色が支配していた夜は消え失せ、昼と変わらないほど光があふれる光景にスネコスリは困惑して、用心のため地上に頭だけを出して様子をうかがう。

 くさいし音がうるさい。
 四角いものが動いている。動きが速いがあれはなんだ?

 見たことない物があふれている。角ばった岩のような物が木のように立っているのが見えるが、天に届くのではと思うほど高い。
 ぴかぴか光っていたり透明だったりと、見たことがない素材でつくられた物でひしめき、動いている物もあって目が回る。
 それに人間の数がかなり増えていて、老若男女が行き交っている。

 変な場所だが人間は平気そうだ。
 弱い人間が大丈夫なら、危険はないみたいだな……。

 そうっと前足を出して地面にちょんちょんとふれてみる。初めてふれた土はとても硬い。もう一度ふれてみるが変化はない。攻撃される恐れはないようなので思い切って地上に出た。

 すぐ横を男が通った。しかしスネコスリには目もくれない。
 次は後ろを女が歩いていった。でもちらとも見てこない。

 スネコスリは首をかしげた。これまで姿を現すと人間は驚いて怖がった。それなのにまったく反応がない。

 人間が驚かない?
 あいつらだけか?

 確認するためにスネコスリは近くにいた男を追い始めた。
 地面に爪が当たってカチカチッと音が鳴っているのに、人間が気づいている様子はない。足を早めて男の前へ出てみた。ところが背後からなんの反応もない。

 ふり返って男を見上げた。顔を見つめても全然こちらに目をやらず、手の中にある四角い物を見ながら歩き続けている。
 それならばと真正面から位置をずらして男の斜め前についた。ここなら嫌でも視界に入る。しかし男から反応はない。

 えっ? まだ気づかないのか?
 夢中になっていても、この位置なら俺が見えているはずだ。

 速度をわざと緩めて男の足へ近づいてみるが反応はない。
 男との距離が縮んでいるのにスネコスリはそのまま近づいていく。至近距離となって、いよいよ足にぶつかる――

 するり。

 男はスネコスリを通り過ぎていった。

 スネコスリの足は止まり、驚愕きょうがくした目で宙を見ている。開いた口から震え声がこぼれた。

「人間が俺の存在を感知できていない……」

 認識されないことは由々しき事態だ。スネコスリは人間を驚かすことで妖力を得ている。存在に気づいてもらえないと妖力が尽きてしまい、消えゆく運命にある。

 スネコスリはあわてて走りだした。今度は中年の女のもとへ行き、わざと前に出た。さっきの男と同じように女も気づかない。歩く速度を落としても認識されることはなく、そのまま体を通り過ぎていった。

 俺の勘違いじゃない。
 人間は妖怪を感知する能力がなくなっている……。

 流れていく風景にかつての面影はない。物も人間も変わってしまった。
 多くの人が行き交うなか、スネコスリは呆然と街を眺めていた。


「なんと! スネコスリではありませんか!?」

 背後から聞こえた声にふり向くと奇妙なキツネがいた。
 本来、四足歩行のはずなのに後ろ足で立っていて、こちらを見ている。怪しげなキツネだが妖力を感じ取ったスネコスリは駆け寄りながら質問した。

妖怪仲間か! よかった! 一体どうなっているんだ!?」

 途方に暮れていたところ、妖怪が存在していることがわかって希望がわく。スネコスリは期待をこめて野狐を見上げた。

 野狐の突き出した前足は小刻みに震えていて、興奮した目でスネコスリを見ている。鼻息を荒くして話しだした。

「あなた、スネコスリですよね! 東京のスネコスリは絶滅したといわれていました! まさか存在していたなんて!! 奇跡ですよ!」

「え……?」

 スネコスリは長い眠りから目を覚ましたばかりなので現世のことがよくわからない。スネコスリの様子から野狐が察してくれた。

「今は『令和』という時代です。妖怪我々が謳歌していた時代からだいぶ時が経っています。あなたが見てきたものは、もうなくなっているでしょう」

「レイ……ワ?」

 スネコスリが話についていけず困惑していると、野狐がうれしそうな声で言う。

「わたしが歴史をお話ししましょう!」

妖怪俺たちは基本つるむのを好まない。……いいのか?」

「気にしないでください。絶滅したと思われていたスネコスリに会えて幸運な夜です! 出会えたことに感謝していますよ! ささっ、ここではなんですから、落ちつける場所へ行きましょう」

 後ろ足で立ち人間のように歩くキツネと、成猫よりも少し小さくずんぐりとした子犬のように見えるモノが夜の街を歩いている。すぐそばにアヤカシがいるのに人間には妖怪彼らが見えていない。

 電気が普及し闇が薄れた東京の夜に、二匹の妖怪は人に紛れて姿が見えなくなった。


3話へ続く


Web小説『令和の妖怪事情』神無月そぞろ

【小説】『令和の妖怪事情』

(全3話)

第1話(2,677文字)

第2話(2,722文字)

第3話(1,784文字)【完結】


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