2021年5月の記事一覧
【ショートストーリー】ガード下の歌うたい(1/2)
空を仰ぐと、細い爪の先のような月が出ていた。
駅へ向かう通りは、スーツを着たものや、すねかじりの若者やらであふれかえっている。誠一の作業服にはセメントのしぶきがいくつも固まってこびりついている。担いだ左官の道具が重く左肩に食い込んで、歩みを遅くしていた。
この数日は決まった現場での仕事があり、誠一は毎朝きれいに洗濯をした作業着を着てこの通りを進み、毎夜月の上るころには汗とセメントで汚れた服の
【ショートストーリー】ガード下の歌うたい(2/2)
誠一は、ターミナル駅の方へひとり向かった。地面のアスファルトには、人工的に作られた明かりでできた行きかう人々の淡い影が、あらゆる方向に交錯して揺らめいている。その影を見るともなしに見つめながら、誠一は自分の存在が次第に希薄になっていき、しまいには消えてしまうような感覚になった。
駅の手前にある大きな横断歩道にたどり着いたとき、信号は赤に変わった。広い国道をまたぐ横断歩道だ。ここのところ、毎日誠