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【創作短編小説】arne/fractal

*この小説は曲をモチーフにした創作小説です

登場人物

第一高校 1年F組
番場優花里..主人公。陽香の友達
六辻陽香...優花里の友達
海山凛華...クラスの才色兼備。突然嫌がらせのターゲットに...
藍澤悠斗...クラスのリーダー的存在
大野浩介...藍澤の友達
椎名由海...美希の友達、補習の常連
永井美希...由海の友達
加藤理穂...いつも1人でいる読書女子
森田朱里...吹奏楽部
紺野凪子...吹奏楽部
奥田光...サッカー部
城野翔太郎...サッカー部
町山岳...サッカー部
溝口恵都...バスケ部、補習常連

1.突然

[1日目]

高校生活も慣れた10月、普段騒がしくはないF組が珍しく朝から大騒ぎしていた。

海山さんの机の上に菊が置いてあったのだ。海山さんは入院などしていた訳ではなく、そもそもF組で誰か亡くなったりもしていない。

海山さんは艶やかな黒髪のロングヘアが似合う肌白の美人で常に成績トップ、ピアノの実力も立派でコンクールに出る度に入賞していると聞いたことがある。おまけに穏やかな性格のため、嫌がらせを受ける理由が誰も分からなかった。

この日を境に海山さんへの嫌がらせは立て続けに起こった。

[2日目]

机の中にしまっていたはずの現代文と日本史の教科書が無くなっていたらしい。

他のクラスの子に貸した訳でもなく、今週は時間割の変更で昨日今日と2日連続で日本史の授業があり、昨日あって今日無いというのは不自然だ。

この日は2時限目が現代文、4時限目が日本史だったので、犯人は時間割を知っているF組である可能性が急上昇した。

[5日目]

週明け月曜、F組は初日よりも大騒ぎしていた。

粉々になって割れた試験管が海山さんの机の上に散らばっていたのだ。

戦慄が走るとはこのことか、と被害者ではないのに背後から氷柱を刺されたような冷たい恐怖を覚える。

「海山さんの席の近くの人はまだ座らないで、破片があるかもしれないから危ない。今先生来るから待ってて」

藍澤くんがバケツや大量の雑巾を持って教室に戻ってきた。藍澤くんはクラスの番長的存在で、茶髪ピアスのチャラい見た目に反して頭脳明晰。文化祭の話し合いだったりこうした非常事態にとても頼りになる存在だ。

数分後、担任が教室には置いていない軍手や掃除機など急いで持ってきた。この日の朝のホームルームは掃除で潰れ、試験管の事件は瞬く間に一番端っこのA組までに広がり、この件は職員室でも預かることになった。

2.Q

[6日目]

ロッカーに入れてたはずの海山さんのジャージ一式がごっそり消えていた。海山さんは体育の直前まで気がつかなかったようだ。

この日私と陽香は、海山さんの嫌がらせの犯人探すべく始動した。

最後教室に残っていた人が鍵を閉めて職員室に鍵を返すのがF組のルールとなっており、この日教室の鍵は予定の無かった私と陽香と海山さんの3人が預かることにした。

作戦は小1時間教室にいた後、一旦教室を出て教室から1番近い階段から廊下を観察する。F組は一番端っこのため、この廊下を通らない限り教室にはいけない。非常階段から行くという手もあるが、防災訓練の時しか生徒は使えないので非常階段からわざわざ昇ってくることは不可能に近い。

最終下校時刻の夕方5時30分にチャイムが鳴るも、今日は休みの部活が多いこともあり、この日廊下を通ったのは担任と隣のクラスの先生だけだった。鍵を閉めに教室に戻っても不審な点は無く、職員室に鍵を返し何事もなく学校を後にした。

[7日目]

次の日の朝、教室に来ると新たに事件が起きていた。海山さんの机に雑草が一面に置いてあったのだ。陽香と昨日は無かったよね?と顔を合わせて確認する。

藍沢「もしかして2人は何か知ってる?」

藍澤くんの声かけで、放課後残れる人だけで話し合いをすることにした。メンバーは私と陽香、藍澤くん率いるF組のいわゆる陽キャグループである藍澤くん、大野くん、椎名さん、永井さん、雨で練習が急遽無しになったサッカー部の奥田くん、城野くん、町山くんの9人。

藍澤「昨日の番場さんと六辻さんの話から推測すると、犯人は朝イチでやった可能性が高いな」

奥田「試験管の日の第一発見者は多分吹部の森田さんと紺野さん。月曜日朝練で練習着忘れたから教室にジャージ取りに行ったら同じく朝練の2人が騒いでて。反応からして森田さんと紺野さんは知らない感じだった。その後すぐ朝練に行っちゃったんだけどさ、まだ7時だぜ?体育祭でも無いのによ」

城野「朝と放課後ランダムでやってる可能性は?例えば朝出来なかったから放課後とか」

椎名「確かにありそう!」

大野「普段朝やってるとしてさ、教室の鍵はいつも誰が開けてくれてるんだ?」

陽香「提出期限が次の日のプリントを学校に置いてきちゃって朝の8時に学校来たことあるけど、その日は加藤さんがいたよ。朝練組以外なら加藤さんがいつも教室の鍵開けてくれてるかも?」

藍澤「仮に加藤さんが犯人だとしても、海山さんと話したところ見たことなんだよな」

私「加藤さんと委員会一緒なんだけど話すのが苦手みたいで...1人が好きな感じかな」

椎名「ウチも加藤ちゃんと話したこと一回しかないわ。ていうか美希中学一緒じゃ無かった?」

町山「え、そうなの?」

永井「そうだよ、この高校で三中出身は加藤ちゃんと海山さんとC組の山中。でも加藤ちゃんと中学のとき話したの一回だけ。うち学校よくサボってたし奇跡的に3人とも一回も同じクラスになったことなくてマジで絡んだことない」

町山「へえ意外、C組の山中って野球部のか」

永井「そうなの?」

大野「相変わらず永井は人に興味ねえな(笑)」

奥田「俺山中と仲良いけど可能性は無い気がする。野球部朝練多いし、しょっちゅう恵都と補習してるし、そもそも一回もあいつの口から海山さんの名前聞いたことないわ」

陽香「恵都って...バスケ部の溝口くんか!」

藍澤「他のクラスの奴がズカズカうちの教室に入る訳ねえしな。校門開くのは6時が最速、朝犯行するリミットは8時までか...やっぱり犯人はF組の誰かだよな?」

何か分かったらすぐに報告出来るように、このメンバーでグループラインを作った。グループ名は「やってることが探偵学園Qっぽいから」という理由で「Q」と命名した。

[8日目]

椎名さんと溝口くんが朝の7時半から数学の補習があるそうで、この日はF組で一番乗りだったそうだ。教室を見るなり椎名さんから「目立ったことは何もないよ」との報告。私は普段通りの時間に陽香と登校し、階段で補習を終えたらしき溝口くんと挨拶を交わす。

陽香「補習は教室じゃないの?」

溝口「30分で終わらないだろうからって急遽1階の補習室に移動だよ〜なめすぎだよね!本気出してないだけなのにさ!」

私「椎名さんはまだ残ってるの?」

溝口「うん、椎名だけ5分遅れたからってきっちり5分延長。だからあのハゲ一生独身なんだよな〜!」

陽香「てことは魔の30分間、F組ガラ空き...!?」

溝口「ハッ!」

今朝椎名さんから軽く事情を聞いた溝口くんも察したようで、急ぎ足で教室に向かった。

海山さんの机は無傷で、3人ともホッと胸を撫で下ろした。遅刻のボーダーラインの本鈴も鳴り、いつの間にか教室には全員揃っていた。

放課後昨日集まったQのメンバーはみんな部活やらバイトやら補習やらで予定があり、学校には誰も残れない。この日は事情を知る担任に頼み、ホームルームが終わってすぐ教室の鍵を閉めてもらうことにした。

下校するまで不審な動きをする人はいなかった。

3.ダウト

[9日目]

何事も無かったとホッとしたのも束の間。

この1週間で盗まれた海山さんのジャージや教科書一式が不自然に海山さんの机の上に戻っていたのだ。昨日は帰りのホームルームが終わってからすぐ鍵を閉めたのを確認したので、朝の犯行であることは確実だ。

昼休み、この1週間海山さんの身に起こったことを黒板に書き出して整理した。

藍澤「先週の木曜日に菊の花、金曜日は教科書盗難、月曜日は割れた試験管、火曜日はジャージ盗難、水曜日は雑草、木曜日の昨日は何も無し、と思ったら金曜日の今日は盗られたものが全て元に戻っていた。そして海山さんには心当たりがない」

みんなが頭を悩ませるなか「突然ごめんね」と森田さんと紺野さんが切り出した。

森田「凛華ちゃんのなりすましアカウント知ってる?」

紺野「凛華ちゃんのTwitterは入学してすぐ教えてもらったから、乗っ取りじゃなくて偽アカだと思う」

アカウント名は海山さんの下の名前の「りんか」で、アイコンの写真は海山さん本人。ツイートを見ると海山さんとは思えない雑で捻くれた呟きや、盗撮であろう海山さんの写真が多数アップされており、最初のツイートを見るに1ヶ月〜2ヶ月前に作られたものだろうと推測出来た。

海山「写真全然記憶にないんだけど...」

私「盗撮?ストーカーかな?」

森野「だよね?!犯人はもしかしてF組の男子...」

町山「盗撮する趣味ねえわ!」

溝口「疑うのはやめてよ〜!」

城野「そもそもF組の8割が部活とかバイトやってんのにストーカーする暇ねえよ」

陽香「確かに!だいたい毎日会えるんだから盗撮する必要ないよね」

奥田「男子的にその考えも嫌だけど...」

藍澤「そのアカウントスクショして送ってくれる?共有するためにクラスラインで。あと出来ればツイートも送って欲しい、いつ鍵かけられるか分からないから」

森田「分かった!ツイート数100もないしスクショは全部出来そう。今日中にスクショしたの送るね」

もしF組の誰かが犯人だとするとこの会話を聞いているに違いないし、この場にいなくてもクラスのラインに送れば嫌でも知るだろう。偽アカウントの発覚で「嫌がらせをしている人と偽アカウントを作っているのは同じ人物である可能性が高い」と仮定出来た。

大野「椎名と永井は?」

私「4限まではいたよ、選択の地理一緒だから」

藍澤「まさか...?」

黒板に書き出した一連の事件をまとめた表はF組のグループラインに共有され、程なくして森田さんから大量に偽アカウントのスクリーンショットが送られた。

4.セルアウト

[12日目]

土日を挟んで月曜日、一日中雨マークの今日は朝から教室もどんよりとしている。だか重い空気は雨のせいだけではない。力の抜けた笑い声が飛び交うF組が、珍しく切迫した冷たい空気に包まれていた。

朝8時10分、Qのメンバーと海山さんが教室に揃う。

藍澤「これで揃ったね。で、椎名が話したいことって何?」

私たちは幕を上げた。

———

木曜の朝さ、うちと溝口が数学の補習してたじゃん?最初は教室で補習やる予定だったけど、時間内に終わらないだろうからって急遽1階の補習室でやることになったの。それで補習室行ったんだけどうちが間違えて前期の数学の教科書持ってきちゃってさ、新しい教科書を取りに教室に戻ったんだ。

教室のドア開けたら、美希が提出ボックスから古典の課題のプリントを盗もうとしてたんだ。

フリーズするウチを置いて美希はすぐ教室から飛び出した。我に帰って途中まで追っかけたけど、もう美希の姿はなかった。

教室に戻って古典の課題プリントの束を見たら不自然に一枚だけはみ出てた。盗もうとしてたのは海山さんのだった。

美希といつも一緒にいると思われてるかもしれないけど、実際そうでもなくてLINEも学校来る来ないとか遊ぶときぐらいしかしないし、美希は一匹狼的なところがあるからウチもそんなに干渉しなかった。

補習終わって教室に戻ってきたら何事もなかったような顔して美希は自分の机に座ってた。この日は結局何も起きなかったけど、何か起こそうとはしてたんだ。

次の日海山さんの私物一式が戻っていたのは、その日の夜美希に電話してウチが言ったから。でも違うじゃん「謝れってちゃんと顔見て頭下げろって」意味だったのに...ただ無言で返して、それで謝ったって言わないよ。

———

金曜日の夜「Q」とは別に、永井さんを除いた「Q」メンバーに海山さんを加えたグループラインに招待された。

「みんな揃ったね!ちょっと聞いて欲しいことがあって新しくグループ作ったんだ!」

「補習の日、美希が提出ボックスから海山さんの古典のプリント盗ろうとしてるの見ちゃったんだ。その件で昼休みは美希を中庭に呼び出してたの」

「問い詰めても証拠は?とか、プリントも裏面解き忘れたから美希の分だけ探してたとか、のらりくらり。」

「反応からするに美希が犯人だと思う。でも目撃者がウチしかいないから証拠に欠ける。だからみんなに協力して欲しいの!」

満場一致だった。

作戦は月曜の朝教室に永井さんを呼び出し、まず椎名さんがLINEで話していた目撃証言や椎名さんが永井さんと話したことを周りのみんなに聞かせるように話す。

これで椎名さんだけが知る事実を多数の人間が聞き、揺るぎない囲いを作ることが出来る。永井さんと仲のいい椎名さんが全てを話した後、シラを切らせない状況を作り出し、強制的に永井さんから話をさせる。もし永井さんが犯人でなければ否定するはずだから、最初から永井さんが犯人かのように仕向けることにした。

「森田ちゃんの誕生日お祝いするからって嘘ついて呼び出したことは謝るよ。話したかったことは全部話した。美希、どうなの?」

机の上に足を組んで座っていた永井さんが机から降り、海山さんの方を向いた。

「海山さん、ごめん。」

椎名さんが話し終わる頃、F組はほとんど揃っていた。全員目を丸くし拍子抜けしていた。永井さんが犯人だったと言う衝撃より、一匹狼気質で気の強い永井さんが真っ先に謝るなんて想定外だった。

5.破壊

中3に上がる直前、当時付き合ってた彼氏に「飽きたわ」て言われ突然フラれた。その時は納得した。女優とか音楽やりたいとか夢追ってた訳でもないし、毎日遊んでばかりで何も無い人間なのを自覚してたから。

別れてしばらくして「元彼と海山さんがデキてる」と耳にした。元彼も海山さんも同じ中学だけど、実は海山さんの存在を知ったのはこの時初めてだった。うちの中学人数多かったし学校しょっちゅうサボってたから、Twitterフォローしてても顔と名前が一致してるのは浮ついた噂がある奴と目立つ奴らと同じクラスの人ぐらい。

実際はお互い友達と家族とショッピングに来ていて偶然1人で買い物中に会っただけで、ホラ吹きの戯言が一人歩きしてただけだった。でもこの噂も真相も知ったのはだいぶ後、周りがうちのこと気を遣って耳に入らないようにしてたみたい。別れた直後は分かりやすくショック受けてたからさ。それに2人に何も無いと分かったのは受験終わってから。

それを知るまで「本当は海山さんのことが好きだからうちと別れたんだ」て思い込んでた。

まさか海山さんと同じ高校だとは思わなかった。もっと上の高校行くと思ってたし。

実家は酒屋なんだけど親に「高校行くなら最低でも第一高校行け。一高落ちたら店継ぐか家を出てけ」て言われた。

実際実家継ぐの絶対嫌だったし家出てもマジで身寄りないから、必死に勉強してギリ合格した。やりたいことのためより嫌なことから逃れられるためには必死になれた。

高校入ってすぐコンビニでバイト始めて、1個上の先輩と仲良くなった。高校生は上がり時間一緒だから、シフト被った日はバイト終わってから控え室でだべったりすることが多くて、次第に好きになった。

「そういえば先輩彼女いるんすか?」

「彼女はいないけど好きな人はいるよ」

「え、高校の人っすか?」

「永井ちゃんは知ってると思うけど海山さんって言う子。1個下だし中学も違うけど塾一緒でさ、鬼滅の漫画貸してから仲良くなってたまにLINEしてる。あれ、確か永井ちゃん高校も一緒じゃなかった?海山ちゃん一高のはずだけど...」

あーまた海山さんか。うちの邪魔をするのはいつも海山さんだ。直接邪魔された訳じゃないのに憎しみが増した。

努力した通りに物事が上手く行って、人望もある。存在だけで無意識に人の恋路を邪魔する奴を、一度自分の手で破壊してみたくなった。露骨に嫌がらせをしたのはネットで悪口を吐くだけじゃ飽きたらなかったし、気が済むまでやってみようって好奇心もあった。

確かに動機は海山さんに嫌な思いをさせたかったから。だけど途中から目的が変わった。

灯台下暗しだなって小馬鹿にして、公立の貧乏高校に防犯カメラがないことをいいことにやりたい放題して、ダークヒロインって感じで、高いところから胡座かいて見下ろすのが快感だった。

それにいつかバレるんじゃないかって言うスリルがクセになってた。不倫にハマる人の気持ちがよく分かったよ(嘲笑)最初はいつでも辞められると思ったけど、引き留め際が分からなくなって、由海にやってるとこ見られてさっぱり辞めようと思えた。だっせえよなうち。

目に見えた嫌がらせをしたのは全部うち。みんなの推測通り朝出来なきゃ放課後、人目を盗める時にやった。菊の花はじいちゃんのお仏壇用の余り、試験管は科学部のやつが使う前に割ったって言う新品の試験管を捨てるときに遭遇してもらった。海山さんの盗った私物机に戻してるときこのままF組にバレてそのまま謝れれば楽だなって思ったけど、そう言う日に限って誰も来なかった。

「...あのさ、このまま黙ってるつもりなの?答えろよ加藤!」

ポーカーフェイスの永井さんが初めて声を荒げ、教室にいる全員の視線が加藤さんに向いた瞬間、空気が更に凍り張り付いた。

加藤さんが加担しているはずはない、誰もがそう思っていた。

6.歪形

実は海山さんとは幼馴染で「凛華」「理穂」と呼び合う仲だった。

凛華は小学生の頃から頭が良くてピアノも上手、性格もよくて可愛いから当然人気者だった。内気で友達が少ない私は、そんな凛華を独り占めしているような優越感に浸ってた。

凛華は中学に上がってからはピアノ一本でコンクールに出る度に入賞、成績も優秀で読書感想文を提出すれば優秀賞を取ったりしてた。それでも凛華は謙虚で、凛華を悪く言う人はひとりもいなかった。

凛華が成果を出す度に私は凛華と比べられた。親からはどうして差が開いたのかと、同級生からは釣り合わないと、凛華と一緒にいる時間に比例して私は嫌味を言われる回数が増えた。

いつの間にか凛華への優越感は劣等感に変わり、クラスが違うのをいいことに私は距離を置くようになった。話すどころかLINEも返さなくなって自然消滅状態のまま高校まで来ちゃって...

実は私と凛華と永井さんは、同じ中学校で同じピアノ教室に通ってたんだ。

部活が忙しくなった私は中1の夏休みが終わる頃、ピアノ教室を退会することになった。最終日は手続きの関係でレッスンとは違う曜日に行ったんだけど、待合室にいたのが同じ中学の永井さんだった。

前から先生に「別の曜日だし小学校も違うけど、同い年の子が生徒でいるよ」と聞いてはいたけど、まさか永井さんだとは思わなかった。永井さんはお母さんに嫌々来させられている感じだったけど...

永井さんはスタイルよくて美人だから入学してすぐ有名人、イケイケのグループにいて地味な私からしたら眩しい存在だった。

イケイケグループってキャピキャピしてる子たちが多いけど、永井さんの存在は独特だった。一匹狼でミステリアスで達観してるというかドライというか...人も物事も興味が無くて冷めてるようでどこか儚かった。

私は学校で一方的に知ってただけでお互い顔を合わせたのは初めて。先生経由で「2人とも同じ中学だよね?」て聞かれたけど、決して「はい」と言える関係ではなかった。

「三中なの?うち2組だけど?」

「わ、私は11組です...」

「あーどおりで知らない訳だわ。うち人の名前覚えるの苦手でさ、2組でも顔と名前一致するの半分もいない。あのさTwitterやってる?うちこれ」

「は、はい...やってます...」

「...加藤さんって言うんだ。よろしく」

最初は私なんかをフォローしてどうするんだろう?と思ったけど別に深く考える必要はなくて、永井さんにとっては挨拶を交わすぐらい当たり前のことみたいだった。それ以降メッセージをやり取りすることは一切無かった。

7.共犯

高校入って早く学校に来ていたら自然と教室の解錠係になった。いつも教室で本を読んでるけど、朝教室にいない時は図書室にいるんだ。

先週いつも通り図書室に行くついでに借りた本を返そうとした時、一冊だけバッグの中にしまったままなのを思い出して教室に引き返した。

そしたら永井さんが凛華の机で何かしてるのを見ちゃったんだ。その時は咄嗟に逃げちゃったから何していたかは分からなかったけど、多分教科書を盗んだ時だと思う。

永井さんは私を追いかけて腕を掴んだ。笑顔なのに目の奥が笑ってない。何されるんだろうと怯えた。するとスマホの画面を見せられた。

私が作った凛華の偽アカウントだった。

「これやってんの加藤ちゃんでしょ?」

「どうして...!?」

「この写真に写ってるセブン、三中の人ぐらい使わないから地元の人確定。あと加藤ちゃんの本垢と偽垢の文章の癖が似てる。これはオンナのカンってやつだけど」

「...よく分かったね...」

「加藤ちゃんだけに言うけど、昨日海山さんの机に菊の花置いたのうちだよ。偽垢がバレるのも時間の問題だけど、偽垢の中の人は加藤ちゃんってこと言わない。これでおあいこだ、その代わり...」

「...その代わり?」

「どっちかがバレたらどっちも白状する。うちら今から共犯者だよ」

氷鉄のような笑みが私を支配した。弱みが握られただけで見えない鎖が瞬時に繋がれたようで、こうやって人は洗脳されるんだと身体中に鳥肌が立った。

私は犯人を知っている唯一の人間、ターゲットは同じだけど同じ手口で罪を犯している訳でない、そして私と永井さんは互いの罪を共有する”共犯者”。

突如永井さんとは特異な関係になった。

”共犯者”になってからも私のルーティンは変わらず、朝一番に学校に来て教室で本を読むか図書室に行く。この1週間くらい教室に戻ると海山さんの机で試験管が割れてたり、なかったはずの雑草が置いてあったりした。

永井さんがやってると知ってても止められなかった。私も悪いことをしているし、何より私は永井さんの犯行現場の目撃者になることが怖くて見たくなかったんだ...弱いから...

学校帰り、同じ中学の人はだいたい最寄り駅同じだから、1人で歩いていた永井さんに思いっきり声をかけてバイトまでならと近くの公園で話すことにした。

「どうしてこんなことしてるの...?凛華と永井さんが絡んでるところ中学の時から見たことない...」

「話すと長いけど恋的な意味で邪魔されるから?いつも敗者が眼中に無くて、澄んだ勝ち誇ったような顔してさ。裏垢で悪口書いてたけどそれに飽きたらなくなって、そんなとき偶然海山さんの偽垢見つけた。一通りツイート見てさこの仕業加藤ちゃんだなってすぐ分かった。同時に便乗出来るなって思って、自分の手で汚してみようと思った。最初は海山さんの苦しむ顔が見てみたかったんだ」

「...勝ち誇るって...凛華はそんな人じゃない...」

「うちが見てるの海山さんの虚像だよ。嫉妬とか憎しみのレンズを通して見てるだけ。分かってるのに止められないのは、だんだん海山さんが苦しむ顔よりやってる時に誰かにバレるんじゃないかって思いながらやる楽しさが癖になった。F組の反応見て分かった、愛されるのは天性で才能なんだよ」

「...確かに凛華は昔からそうだった...」

「海山さんに謝る準備はとっくのとうに出来てる。でも止められないのはバンクシー的な扱いをしてもらえないことの方が怖い。こんなんだから彼氏にフラれるし、小学校の時からしょっちゅうハブられたんだ。」

「え?」

「そん時は4人でつるんでて、次第に人間関係に亀裂が生じるようになった。うちがハブられたら次は誰かをハブる側になり、それを懲りず繰り返す。普通の女子なら弱いものいじめして優越感に浸ると思うけどうちは違った。ハブられた時は3人が敵になる、けどハブる側になって感じる手応えは3人分どころか1/3だった。嫌いでもないのに誰かの嫌いに巻き込まれて、自分の意志無くターゲットを踏み潰すのが死ぬほどつまらなかった。ハブられる怖さよりハブる意味の無さを知った。でも見ての通りドライだしみんな仲良くと言うのは性に合わない。そんで思った、最初から誰ともつるまなきゃハブることもハブられることもない。一匹狼っぽくなったのは後天的な要素が強い」

「永井さんにもそんなことあったんだ...」

「こうして小学生の時感情死んだから由海たちと一緒に犯人探しして知らん顔してスパイ的なこと出来るんだよ。サイコパスでも何でも言っていいよ、人生終わってんの決定してるしこんなことするのは早かれ遅かれだった」

「...永井さんに同情するのが正解か分からないけど、ちょっとだけ気持ち分かるよ」

8.空虚

凛華の偽アカ作った途端、メッセージがいっぱい来たんだ。ペラッペラの可愛いねからパパ活の誘い、金儲けの話とか怪しい内容が大半で内容は様々。

明らかなおじさんが高校生と会おうとしたり、若い男女は詐欺とかの犯罪に巻き込もうとして大人の闇が見えて楽しかった。

でもそのためだけならネットで自撮り上げてる写真を使えばいい話でしょ?私は凛華になりたかったんだ。昔みたいに凛華と仲良くしたかったけど、ひねくれ者の私は曲がりに曲がって、凛華そのものになりたいと思うようになった。

変かもしれないけどネットで凛華になりすましたらまるで凛華になったようで、一時的でも欲求が満たされたんだ。これはコスプレしている人の感覚に近いのかな...

でも凛華はいつもどんな風にちやほやされているのかを知れた一方で、本当の自分はブスで地味で冴えないモブなんだっていう現実も突きつけられた。

楽しかったのは本当に最初だけ。次第に友達を利用している罪悪感に耐えられなくなって、最初から分かっていたはずなのに私は凛華になれない事実が身に染みて分かって、自分がやっていることに対しての虚無が勝るようになった。

凛華はTwitterにもインスタにも写真を上げないから、どうにかして撮るしか無かった。卒アルとかだとバレるし...今ドラマとかで使われてるようなボールペン型の隠しカメラって3000円ぐらいで買えるんだ。

「...凛華、ごめん。本当にごめん...」

加藤さんは声を震わせ静かに泣きながら海山さんに向かって頭を下げた。海山さんは泣きながら刺すように睨み、無言を貫いた。

話を聞いていたF組は呆然とした。知られざる海山さんと永井さんと加藤さんの関係、犯行の動機、そして衝撃、理解には時間を要し、緊迫した空気が滞る教室は朝とは思えないほど静かに荒れ果てていた。

廊下で終始話を聞いていたらしい担任が切り出した。私たちはチャイムが何度も鳴っても無視して話を続けており、空気を読んだ担任は1限目の科学の田代先生も引き止めていた。

「海山のことについて6時間目の総合で話そうと思っていた。実は俺も証拠を集めようと見回りを強化したり他の先生にも聞いて見たりしたが心当たりある人が誰もいなかったんだ。永井と加藤は自習室に来い、田代先生すみません」

「分かりました、永井さんと加藤さんに関しては後ほど」

「あと誰か2限目以降2人が戻ってこなかったら都度事情を話しておいてくれ。海山は保健室行くか?」

泣きながら震える声で「はい」と小さく頷いた海山さんを私と陽香が保健室に連れて行き、椎名さんは「帰る、今日学校いるの無理」とスクールバックを持って教室を出て行ってしまった。

「10分休憩してから授業始めます。」

週に2回、F組の化学を担当しているクールな田代先生も今日に関しては授業どころではない様子。藍澤くんや大野くんはいつも適当な発言をして先生を困らせてるのにそんな陽気さは一切無く、ひょうきんな溝口くんもあの日一緒に補習をしたのに椎名さんの異変に気付けなかったと落ち込んでいた。

そして永井さんと加藤さんは丸一日教室に戻ってくることは無かった。

9.神様

あれから永井さんも加藤さんも学校に来なくなった。

加藤さんは不登校に、永井さんは新宿の治安の悪いスポットに入り浸っているらしく、悪い噂しか耳に入らなくなった。

事件解決後は私と陽香に加えて、椎名さんと海山さんの4人で一緒にいるようになった。キャラも性格も違うし側からしたら意外な組み合わせかもしれないけど、F組のみんなは当たり前のような表情。

ある日の昼休み、「青春ぽいことをしよう」と屋上でお昼ご飯を食べることにした。お昼ご飯を食べ終えると、椎名さんが話を始めた。

椎名「もしもの話だけど、自殺しようと思ったら屋上から飛び降りれる?ウチなら絶対無理!だって飛び降りても完全に死ねるって保証ないし、骨ボッキボキのまま生き延びちゃうかもしれないじゃん?ウチ運いいし多分生き延びちゃうと思うんだよね!...ねえ凛華、もし美希と加藤ちゃんがこの屋上から飛び降りて今までしたこと償うって言ったら許す?」

海山「私は許さないかな」

椎名「じゃあ凛華がもし神様で、どんな裁きでも罰でも与えられるとしたらどうする?」

海山「それはするかも。罰を与えるなら死刑じゃなくて、永井さんも理穂も私にしたことまるっきり経験して欲しい。実は言ってないだけで他にもあったんだ。脅迫の手紙が毎日のように届いたりしたんだけど、この学校で私の家を知っているのは同中の永井さんと理穂と山中くんだけ。証拠になるかと思ってしばらく取っておいたけど塵が積もれば山となって気がつけばかなりの量、ノイローゼになりそうで捨てちゃった。よく交換ノートしてたし筆跡見た一発で分かったよ、理穂の字だった。だから死ぬ一瞬の痛みで償ったつもりになるなら、生き地獄を経験させてザマアミロって思いたい」

陽香「怖いよ!でも2人はそれほどのことをしたよね」

私「話してないことも沢山されてたんだね。怖かったよね...」

海山「みんな本当にありがとう。机の件だけじゃなくてアカウントのことまで一気に解決してくれて。F組のみんなが頑張ってくれたおかげ。お礼したいけど何したらいいか...」

椎名「お礼なんていらないよ!今度事件解決記念の打ち上げしよ!適当にお菓子持ち寄ってさ!教室のストーブでおしるこ作ろう!」

若くて青い乾いた笑い声が、屋上の強風に流されることなく冬の青空に吸い込まれた。

———

その日の夜、お風呂当番だった私は浴槽にお湯を目一杯張った。ザブンといい音を立てて、お湯は溢れ出した。

永井さんと加藤さんの心を具現化したらこう言うことなのかもしれない。永井さんと加藤さんが見ていた海山さんの悪の虚像は、嫉妬や憎しみを吸い込み、間違ったまま膨れ上がって、実像という真実が見れなくなってしまった。

私にも大好きと大嫌いの違いが分からなくなってしまう時が来るかもしれないし、何かをきっかけに憧憬が嫉妬に変わるかもしれない。

もしそんな感情に支配されたたら後悔、懺悔、嫉妬、嫌悪、明日に憎しみを持ち込むことも、何かを恨み続けることも、夜が明ける前に終わらせようと誓った。


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