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【邦画】初夏の盛岡、切ない幻 /綾野剛×松田龍平「影裏」

ストーリー

会社員の今野(綾野剛)は埼玉から盛岡に出向中。一人で見知らぬ東北の地で暮らしていた。

東北で仕事をしながら淡々と過ごしていたある日、同じ会社の日浅(松田龍平)と出会う。それから日浅は今野の家に押しかけては夜明けまで晩酌をしたり、趣味の川釣りに出かけたり、一緒に地元の祭りに出かけたり、いつしか今野にとって日浅は会社の同僚であり岩手の血で唯一の親友となった。

これから2人でドライブだろうか、車の名前で日浅は食べていた半分に割ったザクロの実のもう半分を今野に渡した。「ザクロは人間の肉の味がするって近所のばあちゃんが言ってた」と。

ある日、日浅は忽然として会社から姿を消した。今野には退社の連絡は一切なかった。

ところが夏のある日、真っ昼間にスーツ姿の男性が今野の家の前に現れた。日浅だった。転職し別の会社で互助会(冠婚葬祭の保険のようなもの)の営業の仕事をしているらしい。

いつものように今野と日浅は今野の家で晩酌をしていた。先に今野が寝落ちし、どこからか小さな蛇が今野に巻きついていた。それに気づいた日浅は蛇を取り、窓から土砂降りの外に蛇を逃した。

突然今野は日浅にキスをした。実は今野は同性愛者だった。日浅は拒絶、お互い気まずいまま眠りにつく。次の日、日浅が釣りに連れてけと一緒に釣りに行った。

日浅は夜にスーツのまま今野の家に押しかけ、ノルマが一口足りないと懇願され、今野は日浅の営業プランに契約した。

仕事中、今野は元恋人からのメールを開いた途端、日浅から着信がありアユの夜釣りに誘われる。約束の河原に合流すると、日浅は手慣れた手で焚き火をつけ、釣ったアユを丸ごと焼く。

「焚き火と同じで、やみくもに押し倒すんじゃなくて、じらすように育てる。」

日浅はあの時押し倒されたことを焚き火に例えて諭し、今野は酔った勢いでいきなり押し倒してしまったことを反省し涙を流す。今回こそは日浅に迷惑をかけるまいと、今野は勧められた冷酒を断わった。

「お前が見ているのはほんの一瞬光が当たったとこだけだってこと。人を見るときはその裏側、影のいちばん濃いところを見んだよ」

静かでお人好しの今野は日浅に忠告された。話していると日浅の知り合いであるおじさんの井上が差し入れにやってきた。

今野のケータイに元恋人の副嶋(中村倫也)から「今盛岡にいるから会わないか」と連絡が入っており、待ち合わせのホテルに行くと、彼、いや彼女はすっかり大人の綺麗な女性の姿となっていた。彼女が泊まるホテルの部屋の前で、優しいハグだけをして彼女と別れた。

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そして東日本大震災が起きた。

冒頭、会社の同僚の西山さん(筒井真理子)に喫茶店で相談を持ちかけれたのは日浅のことで、今野と同じく日浅が営業していた互助会のプランに家族ぐるみ加入した上にお金を30万円貸したのだが、早急にお金が必要となり返金して欲しいため連絡したが連絡がつかず、会社に連絡したら今野は行方不明だと言われたそうだ。おそらく震災の当日海辺にいたようで被災しているかもしれないと聞かされた。

日浅が姿を消した途端、日浅の裏の顔が浮き彫りになる。

日浅の消息は誰も掴めなくなり、生きているかも死んでいるか分からない状態が続いていた。

後日、井上さんにも話を聞くと互助会の解約したが息子と揉めたと話された。

日浅についての捜索は続く。今野は日浅の父親に会いに行った。被災者の捜索願を出しておらず、親子なら捜索願を出した方がいいと話を持ちかけると、父親は息子の日浅とは絶縁したと話された。

理由は日浅が東京の大学に通っていたはずだが学歴を偽造、父も仕送りや入学金を送ったにも関わらず大学にいかず遊び放題をしていたことが発覚。呆れた父親は絶縁したと話した。

日浅は根っからの銭ゲバだった。

日浅の兄(安田顕)にも接触。ザクロの木について聞いた。「母が亡くなった時、庭のザクロの木を父が切っていた。縁起が悪いという理由」だったそうだ。

帰宅すると201号室に清掃業者がいた。前半のとある夜に回覧板の置き方が気に食わず、夜なのに今野の家を訪ねて激怒してきたおばあさんの家だ。清掃業者にはプライバシーがあるから詳しくは知らないと言われたが、どうやら孤独死していたようだ。身近な人の死が、今野に「日浅の行方を知りたい」という焦りに拍車をかける。

帰ってポストを見ると互助会のコース変更のお知らせの郵便が。そうだ、と溜まった書類から互助会の書類を探した。契約書には日浅のサイン。日浅は存在していたことに安心して泣いた。

今野は緑生茂る夏の川で釣りをしていた。お供に日浅、ではなく新しい同性のパートナー。

生茂る新緑の中、川の向かいの茂みに、日浅の残像が今野に見えた。

どうして日浅は残像として今野の前に現れたのだろうか。どうして今野はあの川で日浅の残像が見えたのだろうが、と考えることなくまだ日浅のことが好きだったのだと思う。

するとニジマスが釣れた。いつしか日浅と釣りをしていた時、釣ったもののうまく捕ることができずに逃してしまったニジマス。しかもこのあたりの川で自然のニジマスはほとんど見られないという。

「お前、どこにいたんだよ」、と日浅とニジマスを重ねる。

今野と日浅は2人で地元の様々な場所で一緒に釣りをした。

日浅は魚を釣るように様々な人間を巻き込んで金を毟り取っていた。今野はそんな日浅の裏の顔があると当時は知らず、儚い恋心の相手に付き合って釣りをしていた。

今野は釣れたニジマスを逃した。ニジマスを逃した時には、もう日浅の影裏はなかった。

それでも今野に残ったのは、日浅はまだどこかにいるのかもしれないという希望だった。

今野にとっては日浅はザクロだった

「ザクロは人間の肉の味がするって近所のばあちゃんが言ってた」と日浅。それにしても田舎とはいえ、待ち合わせでザクロの実を生で食べているのは非常に不自然だ。何か意味があるに違いない。

①人間を食べる神が人間の代わりにザクロをあげていたという伝説

日浅のばあちゃんが言っていたのはこの逸話だろう。

古今東西の様々な説話や神話に登場しています。日本に古くから伝わる説話にも、釈迦が子どもを食べる鬼神「訶梨帝母(かりていも)」に、子どもの代わりにザクロを与えていたといった話がありました。この俗説が、「ザクロは人肉や血の味がする」と言われる所以になったようです。

引用:ちそう https://chisou-media.jp/posts/1672

②死と再生

ザクロにはいくつか意味があるが、今野にとっては「死と再生」が適していると思う。ギリシャ神話というより古来の都市伝説に近いエピソードがある。

ペルセフォネという娘は、地獄の支配者プルトンに誘拐され策略にはまりザクロの実を食べてしまいます。そのため、一年の半分は地上で、もう半分は下界で暮らさなければならなくなりました。娘の母は豊穣の神デメテル。娘が地上にいる間は幸せなので春と夏(再生)、いなくなると秋と冬(死)になるというものです。

引用:ウラソエ https://8761234.jp/40541

今野が同僚の西川から日浅は被災したかもしれないと聞かされたり、退職したりしたのは雪の降る真冬。

反対に夜な夜な晩酌したり、失踪した今野の家に現れたり、ラスト日浅の残像が見えたのは緑生茂る初夏。

今野にとっては日浅のいない真冬は死で、日浅のいる夏は再生だった。それがザクロの都市伝説に重なる。

影の一番濃い部分

寡黙で平穏、緑豊か、そして哀切。

この映画は余白を考える映画だと思った。静かなところを今野の報われない同性愛、影は法律的な犯罪には手を染めず金を貪って人間関係を静かにかき乱していた日浅、大きな起承転結は無いけれどその抑揚の無さで演出している気がした。

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綾野剛と松田龍平はTOP3に入るぐらい好きな俳優で、LGBT要素のある映画だとは知らずに鑑賞。2人とも触れたら消えてしまいそうな、薄ら思い出に残るような影が好きだ。

冒頭大人の男性の一人暮らし、今野の私生活が映し出されるのだが、下着姿で寝ていたり生活のルーティンのリアリティがもはや綾野剛の私生活を覗いているようで申し訳ない気持ちになった。

綾野剛に同性愛者の役をやらせたら優勝だ。残念ながら今の結婚制度では同性同士が籍を入れることが出来ないが、その類の一方通行の恋や報われない役どころは素晴らしく似合う。綾野剛が自らそうしているのかもしれないが、役に溶け込み空気になる術はさすがだなと思う。

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松田龍平はストーリーの最重要ワードとなるセリフを任せるに打ってつけの役者だ。気張ったように言い放つのではなく、淡々と抑揚のないとこに自然と突きつけるさじ加減で残る。

日浅は胡散臭く人間関係がグズグズになるほどの銭ゲバダメ人間。だがそんな日浅から1つだけ教訓を教わった。

”人間は光にあたった裏側の影の一番濃い部分を見る”

肝に銘じたい。


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