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なくしちゃいけないもの(12月19日)

銭湯の話は基本的に尽きることがない。そのくらい番頭に座っているといろんなことが日々目まぐるしく起こる。最近「あら、なんかちょっと痩せたんじゃないの?」と常連さん何人かから言われた。頬の辺りがシュッっとしたらしい。人の見た目はそんな急に変わらない。1ヶ月ぶりに会ったなら分かるが、ほぼ毎日のように会っているはずである。こちらも特に痩せようとは思っていないので気にしなかったのだが、その夜ふと体重計に乗ると見事に1キロ痩せていた。言い当てたのはたまたまか?その程度の誤差に気づいていたとしたら凄すぎる。その場で少し考える。浴槽の温度計がぶっ壊れている中で毎日、「風呂の温度が今日は気持ちいい(どう考えても熱い)」だの、「ぬるくて風邪ひいちゃう(どう考えても大袈裟)」だのと1℃あるかないかの温度の変化であーだこうだ喋っているときのことがふと頭をよぎり妙に納得させられた。

これにはまだ続きがある。昨日指摘してきたおばちゃんが、次の日何やらビニール袋を抱えてやってきてそれを僕に差し出した。「ばあちゃん、心配してんのよ。」と一言。中には分厚いカツサンドが4切れに屋台でよく見るパックに、ギュウギュウに詰まった焼きそばが入っていた。そこに追い討ちをかけるように「みんな(他の常連さん)には内緒にしてよ。」と言って周りに誰もいないのを確認した上で渡された。あまりに一連の所作がイケメンすぎる。1回や2回じゃない、いつも良くしてくれる。たまに流石にもらい過ぎていると今までのお返しをする。すると倍になってそこにまたお返しをされるので僕は一生この恩を返せないでいる。本当にありがたい。1人や2人じゃない、こういう心の持ち主が何人もうちの銭湯を生活の一部として通ってくれている。ただのお風呂なんだけど、それだけじゃない。銭湯には、昨今気づかぬうちに忘れ去られようとしている言葉ではうまく言い表せない大切な何かが詰まっている。それを今、僕の拙い表現力で安易に言い表したくない。どんな言葉も安っぽく感じられてしまう。

銭湯をなくしちゃいけないよなと感じるときはいつもこういうときである。

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