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未来のためにできること。自分が自分であること。ただ、それだけだ。「#未来のためにできること」

テレビ、ラジオ、新聞、SNS等でメディアのお話を見聞きし、もちろん、周囲の友達、家族の話も聞き、思うこと。それは、あー、みんな、いろんな悩みを抱えているなあ。もちろん、何を隠そうこの自分もだ。

そんな色々な悩みのひとつに、周囲と自分との意見の違いというお題があると思う。組織に巻き込まれたときの個人の力の無力さを思う時、「未来のためにできること。」それは何だろうといつも思いながら生きてきた。

例えば、私の場合、「女性活躍」などという言葉がなかった時代、「お茶くみ」、そして「寿退社」という言葉が死語ではなかった時代。そんな中でも企業で活躍して定年まで働きたいと、私は思っていた。子供ができても辞めずに働いてきた。男の人たちに負けないように、家にパソコンを持ち帰り子供が寝た後仕事をしてきた。そのかいあって、昇進もさせてもらえたし、仕事は楽しかった。けれども、入社当初はそうではなかった。周囲の女性の先輩たちに、仕事より先にお茶の入れ方、掃除の仕方をおそわり、課長にはコーヒー、砂糖なしなどといったような、細かな違いを覚え、粗相のないようにお茶を配って歩く。おやつの時間にはたとえ打合せ中であってもお茶当番の女性は会議を抜け出してお茶の準備をする。内心、この時間があったら、本来の仕事をしたいと思っていた。けれども言えなかった。他の女性たちも同様だった。その後私はお茶くみのない部署に異動願いを出して異動した。

いつも不思議に思う。たとえ多数派であっても、権力のない者は組織の力には負けてしまう。なぜなのだろうかと。

例えば、戦争なんてものはこの世から消えてほしいと思っていても、無力な自分には何もできないと感じてしまう。けれども平和を願う人がこの世には大勢いるはずだ。

会社であれば、そのような組織から抜け出すことで自分を守ることができる。けれど、この世界から逃げるには?逃げられないとしたらどうする?

できることは、ただひとつ。自分が自分であること。意思は曲げない。忖度しない。平和を祈り続ける。それだけだ。

昔の女性が男女平等な社会を祈った結果が、「お茶くみ」や「寿退社」という言葉を死語にした今の世界だとしたら。。ひとりでは実現できない平和な世界も大勢の祈りの力で実現可能なのではないだろうか。

自分でありつづけられる人が増えてほしい。その先には、個人個人にとっての明るい未来が待っている。

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