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女の花見

十年一昔。
暫くロングヘアーだった。

或るタイミングで髪を切ったら、
目が馴れてきたのか、
美容院へ行く度に短くなり、
今ではショートになってしまった。

お世話になっているヘアサロンはマンツーマン。
男性美容師さんの印象がいつもと違って感じられ、
聞くと、解散宣言(離婚)をされたとのこと。
御本人から告げたらしい。

そういえば、共働きだった両親がリタイヤした後、
暫くして機嫌伺いの電話をすると、
父から「三食一緒だ」とのみ発言された。
当時は意味がわからなかった。

私たちは生活や環境の大きな変化から、
共感できるものとそうでないものの境界線上を彷徨っている。

「コロナ〇〇」なる単語は数多く生まれた。
不要不急の選別に戸惑い、
目に見えない敵との不安に世界が包まれた。
生存は椅子取りゲームであるかの如く、
流れる音楽を止める人が勝敗を握っているのかもしれないと違和感を覚えたりもした。

許容や拒絶の反応には、「私らしさ」に関する脳の信号の働きが関係しているのだと思う。

いにしえの人は、夢のように美しく儚く散りゆく桜を「夢見草」と呼んだ。

諸行無常の響きあり。
すべてのものは時とともに移り変わる。
儚いからこそ美しい。
その瞬間の美を心に深く刻みたいと願う。

いきいきと輝くものより、
散りゆく桜や枯れた野原など、
命が終わる様に情緒を見出すのは、
時の流れに逆らわず、全てを受け入れることで
それさえも美に変える魔法を持っているから。

私たち一人一人の心の中に、そんな豊かな感性が受け継がれていることを誇りに思う。

女はよく「花」にたとえられる。
生きた花見で花の女に溺れる様な男はご遠慮願いたいが、女である以上、幾つになっても、
「君に逢えてよかった」と愛でて貰えるよう、
自身の花言葉を省みつつ、精進したい。

「花守」である男性諸君。
「花」には絶えず愛情を注いで欲しい。
マメに手当してやらないと、
すぐ美しさに衰えを見せる点にも気をつけて。