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ブロッコリーと楽園スイッチ

もうすぐ5歳になる娘と、食事をしていたときのこと。

隣のミニテーブルに置き去りにされた、ラップがかけられたままのお皿を指差して、娘が

『くうちゃんそのブロッコリー食べたい。』

と言ってきた。

娘自ら野菜を食べたいと言い出したとき、わたしはいつも少し得した気分になる。ひとつは野菜を食べさせようとする労力を使わなくてすむこと、ふたつめは娘の混じりっ気のない真っ直ぐな意志がうれしくて癒されるからだ。

『はいはーい。ちょっと待ってね。ハイ、どうぞ。』

沖縄のぬちま〜すというミネラル塩をかけて食べるのが、最近の我が家の主流だ。味がしないだの、なんかかかってる?だの、注文の多い娘の要求に、先回りするように、目の前で塩をかける。

わたしがちょっとよそ見をしている間に、娘は早速ブロッコリーをほおばっていた。お皿を見ると、シュールにも房だけかじりとられたブロッコリーの茎が二本、妙な哀愁を漂わせて取り残されている。そう、娘はいつからか、ブロッコリーの房だけを食べるようになっていた。母としては

『変な食べ方して〜!もったいないから茎もちゃんと食べてよ〜。』

と言いたくもなるし、実際何度か言ったこともある。それでもいつもクリクリした瞳で

『茎だけ残してもいい?』

とたずねてくる律儀さにやられて、思わず笑って許してしまう。ま、わたしが食べればそれで済む話だ。そういうわたしは、実は房より茎の方が好きなのである。母娘で一本のブロッコリーを分け合い食べるのもなかなか悪くない。

そんなことを思いながら、なんとなくおどけて

『茎担当で〜す。』

と、娘の残したシュールな茎の残がいを、勢いよく食べて見せた。すると、

『キャキャキャッ』

と飛び跳ねるように娘は笑った。

おや?このボケの面白さがわかるのか。さすが我が娘よ。うれしくなったわたしは、二本目の茎を素早く箸でつまみ、畳み掛けるように

『茎担当で〜す。』

とふたたびおどけて食べて見せた。すると娘は、

『キャキャキャキャキャッ』

と前にも増してよろこびで身体を躍動させはじめた。そして次々と房だけを食べては、滑稽な姿の茎をお皿に置いていく。わたしは予想もしなかった愉快な展開に多少戸惑いながらも、何度か渾身の【茎担当】を披露するうちに、いつのまにか娘に

『茎担当で〜す♪』

のセリフを取って代わられ、お株を奪われてしまった。そこからの進化は流れ星の如く早かった。

『茎担当で〜す、茎担当で〜す。』

の連呼はいつの間にか

『くきタントントン、くきタントントン、くきタントントントン、タントントン🎵』

と猫ふんじゃったのメロディーに乗せた歌になっていた。そしてテーブルのまわりをぐるぐるとまわり、踊り始めたのだった。

そこには確かに娘の楽園があった。       
ブロッコリーが世界を変えた。         
茎を残した娘の行動が、想像もしなかった調和の風景をもたらした。

日常のささやかな景色の中には、こんな風に簡単に世界を変えてしまうスイッチが隠れている。ちょっとしたアクシデントがしあわせに変わる。ついつい娘に小言を言いたくなってしまう時こそ、ふと立ち止まって、この楽園スイッチを探してみるのもいいかもしれない。そして、今日も湧いてくる娘への安定の愛しさ。何にも代えがたいよろこびがここにある。  
くうちゃん、いつもありがとう♡

追伸: ほうれん草も『茎担当』です。


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