見出し画像

True Heart 〜あなたに届くまで〜再生の物語 【邂逅】


人によっては、一部不快に感じられる描写があるかもしれません。ご了承の上お読みいただけたら幸いです。


*こちらからお読みいただくと、物語がより深くわかりやすいです。*

①【遠い記憶】編



悪夢を見た。
好きだった彼が、なぜかわたしの今住んでいる自宅に若い女の子を二人連れてきていた。
向こう側の部屋で、大きな話し声がする。
なんだか盛り上がっていて楽しそうだが、見たことのない彼の一面に怖気ついて、その中には入れそうにない。
一方でわたしは、この状況下でいつ帰ってくるかもわからない両親の存在に冷や冷やしている。見つかったら絶対に怒られる、怒られる、怒られる。


意を決して彼のいる部屋へ行く。人の家に勝手に上がりこんで、迷惑を顧みない行動にわたしは苛立ち、注意をした。しかし女の子二人は反論してくる。言ってることがまるで通じない。噛み合わない。宇宙人と話をしているみたいだ。それでもわたしは必死で捲し立てている。耐えがたい苦しさが沸きが上がってきて、とうとう彼に泣きついた。彼は、わたしより、二人の女の子を庇う。味方する。挙げ句の果てに、わたしを遠回しに脅し始めた。なんで?なんで?わたしよりその子たちが大事なの?なんでわかってくれないの?


もう両親が帰ってくる。どうしよう。怖い。この場をなんとかして収めなければ。


間もなくして両親が帰ってきた。なぜかわたしのことはまるで見えていないようだ。そしてわたしは、大きな南京錠を持った彼にどこかに引っ張られて行きそうになり、必死で抵抗する。

そこで目が覚めた。




 
いつも一番じゃなければ、選ばれなければ、誰も見てくれないと思っていた。容姿が可愛くない、仕事が出来ない、そんなわたしには価値がない。
雑な扱いを受けるなんて、そんな屈辱は死んでも味わいたくない。気付いたら、死に物狂いで仕事をしていた。


長年、アパレル業で接客をしていた。
服が好きで好きでたまらなかった子ども時代からの夢は叶っていた。夢中で仕事をするほどに、結果はついてきた。個人売り上げはいつもトップ、店長になってからも、会社でいちばん売り上げをあげる店にまでなった。お客様の心が、求められているサービスが、手に取るようにわかった。まわりの人はわたしをカリスマと呼んだ。持っているエネルギーはすべて仕事に捧げた。その一方で、いつも後ろからは誰かに追われている。抜かされる不安、結果を出せないかもしれない恐怖が、わたしの心を絶えず疲弊させていた。


当時わたしの存在価値は、誰よりもずば抜けた“数字という結果”で出来ていた。言い換えれば、結果を出せなければ、価値がない、誰も見てはくれないと思っていた。圧倒的である必要があった。だから、必死で力を絞り出し続けた。40代で死んでもいい。売り場で死ねるなら本望だと本気で思っていた。


やがてわたしの身体は見えないところでどんどん壊れていった。夫の美容室の開業に併せて仕事を辞めた後は、一時的にリセットされたものの、出産、育児のタイミングでまた同じように良妻賢母の理想に追い詰められ、超絶無理を強いた。そしていつかの望み通り、わたしは41歳で倒れた。


2020年3月、両親の実家で世話になることになった。その時のわたしは立って歩くことが精一杯で、娘のことはすべで両親に任せるしかなかった。重度のアトピーだった娘に対しては優しくしてくれたので、そこは全面的に託した。眠れない日々が続き、睡眠導入剤をいくら飲んでも効かなかった。完全に弱っているわたしに両親はある程度優しかったが、朝起きれない日が続くと、だらだらするな、それは甘えだと叱咤し、早起きをして生活リズムを整えろと言った。娘の育児くらい自分でやらないでどうするつもりだと、追い討ちをかけられた。

全面的に面倒見てやってるんだから、それくらい努力しろと言うことなのだろう。甘えているのか動けないのかすら、自分では判断することも出来なかった。心が休まることはなかった。とにかく言われる通りに身体に鞭打って、必死に起きた。毎日8千歩近くウォーキングもした。眠れないのは動いてないからだ、身体が疲れれば眠れるんじゃないかと言われたからだ。実家で世話になっている以上、わたしはただ、言われるがままにやるしかなかった。それでも日に日に、気分の落ち込みが酷くなった。足に筋肉がついていく一方で、食欲はなくなっていった。得体の知れない恐怖に飲み込まれそうな日々が続いた。

両親には心療内科を勧められた。母も数年前に鬱を患っており、症状が軽減した今も睡眠導入剤はまだ服用している。その一方で、わたしは夫に電話で相談をした。まともに話をするエネルギーもない中、必死で症状を訴えるが、ネガティブに考えすぎだと言われるばかりで、心療内科に行くことは反対された。わたしだってできることなら行きたくはない。誰にも伝わらない現状に、どうしていいかわからないまま日々は過ぎた。 


そんなある日、母に婦人科へ行ったらどうかと言われた。更年期で眠れない友人が、ホルモン剤を飲むとよく眠れると言っていたのを思い出したそうだ。わたしにも更年期の障害が出てるんじゃないかと言った。そう言えばずっと不順だった生理はしばらくきていなかった。そっちの選択肢の方が、まだわたしの心を安心させてくれた。
すぐに、わたしは婦人科へ行く手配をした。


婦人科では、ホルモン剤をもらった。
医師の診察は、生理を起こしたいか、起こしたくないか、どちらかを選べというものだった。起こしたいならホルモン剤を出すと言われた。わたしの期待していた診察とはあまりにかけ離れていたが、今の死にそうな状況から抜け出せるならと、ただ神頼みのようにホルモン剤を飲むことを選んだ。


薬を飲み始めてなんとなく、気分の落ち込みが軽減してきたような気がした。
少しずつ、食欲も復活し、娘にも構えるようになってきた。だがこんな状況でも両親の機嫌をどこかで伺い、精神的にはストレスが絶えなかった。とにかくギリギリ自分のペースを守れるように日々を過ごした。


身体が燃えるように熱く、痒くて痛くて眠れない夜は続いた。真夜中に大きなうめき声が漏れる。誰かに身体をさすって欲しかった。それに気付いた母が、寝付くまで背中をさすってくれた夜があった。子どもの頃から母に優しくされた記憶は1ミリもなかったが、その時の安堵感はこれまで感じたことのない安らぎだった。わたしはそのあと、スーッと寝付くことが出来た。


そこから、少しずつ、言えなかった想いを両親に伝えることを始めた。 



幼い頃から、記憶の中の母はいつも怒っていた。
父はそんな母に言われるがまま、便乗してわたしを怒鳴ったり殴ったりした。時には無関心を貫いた。

『言ってもわからんのやからほっとけ。』

それは父の口癖だったように思う。
わたしの逃げ場はどこにもなく、泣くことさえできなかった。その場から立ち去って部屋にこもるしかなかった。ただ、ひたすら孤独に耐えるしかなかった。


小学校二年生の頃に書いた作文集があった。当時父が習っていたプールに着いていくことが習慣になっていたわたしは、プールに行くはずの日、帰宅が遅くなってしまった。そのことを、ヒステリックに怒る母、その反面、何も言わず待っていてくれた父の優しさがすごくうれしくて、そのことをそのまま恥ずかしげもなく作文に書いた。それを読んだ母がまた激怒したのだった。


当時のことを、思い切ってを母に聴いてみた。


『あぁ、あの時はお母さんもめっちゃ辛いことがあったんよ。今はまだあんたには言えへんけどね。育児も誰にも手伝ってもらえへんかったし、今思い出しても辛くて泣きそうになるわ。言えるとしたら、お父さんが死んだ後かな。』


母には母の事情があるのだなと思った。
一方、父にもずっと気になっていたことを聴いてみることにした。


『わたしは子ども時代に甘えた記憶が一切ないんやけど。』

『あぁ、ないわ。甘えられた記憶はないわ。』

それを聴いていた母は

『それは長女の宿命よ。仕方ないわ。』

と言った。


まぁそう言われればそうなのかもしれない。それ以上は何も言えなかった。そこには三者三様のバラバラの世界があるだけで、わたしはどこまでも両親に置き去りにされている気がしてならなかった。だけどそれももう過去のこと。
すんだことは仕方のないことだし、それぞれにやるせない思いがある。
そのことを知れただけでもよかったのかも知れない。そう自分に言い聞かせてその話は終わらせた。


ほんの少し、両親との距離が縮んだように見えた出来事だった。
それでも、その後も一緒に暮らす中で、母のヒステリーと父の厳格さは顔を出し、その度にわたしを責めた。
そして、そろそろ一緒に暮らすのは限界だと言う両親の言葉で、1ヶ月と21日の同居生活は唐突に終わりを告げた。


効かない睡眠導入剤とホルモン剤はまだ飲み続けていた。
引き続き体調に不安を抱えたまま、わたしは娘を連れて夫のいる自宅へと戻ることとなった。


本当の地獄はまだ始まってはいなかった。


(つづく)




なかなか続きが描けずに、なんとか絞り出した感じになりました。

思い出すということは、また体験をし直すという意味で、とてもハードなのだなと、この物語を描き始めて痛感しています。

フォローまでして待ってくださった方、お読みくださった方、ありがとうございます。

心より感謝いたします。

常識とか世間体を捨てて、自分のために生きることは、とても勇気のいることだと思います。

それでも、この世でたった一人しかいないあなたがあなた自身を大切に守ってあげられるような、そんな生き方を選択するきっかけの物語になればと思っています。


時間はかかりますが、最後まで描ききろうと思いますので、気長に待ってくださるとうれしいです。



心音



追記 :

③【温もり】編 最終章


(完)




この記事が参加している募集

ご覧いただきありがとうございます✨ 読んでくださったあなたに 心地よい風景が広がりますように💚