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芦沢さんとぼく 第1話

(あらすじ)
 福祉系大学を卒業し、相談員となった田中元気は、人助けをしたいと希望に燃えていた。半年間の研修期間中、先輩である芦沢の面接に同席することになった田中は、発達障害の診断を受けた飯塚哲也に出会う。人との関係を上手く築けず、トラブルを繰り返す飯塚をどうにか助けたいと望む田中。でも、芦沢は何もしない。しているのは英語の勉強と100mダッシュ・・。人を助けるとは?芦沢さんと「ぼく」と話す飯塚、そしてそれを見ている田中のものがたり。
 
 「田中元気(仮名)、県精神保健福祉センターへの勤務を命じる」、私は福祉系大学を3月に卒業した。精神保健福祉士の資格を取得し、実家に戻り、県職員(福祉職)として4月より精神保健福祉センターで勤務することになった。
 精神保健福祉センターは保健福祉に関係する部署が入る県の合同庁舎の2階に事務所があり、私の自宅からは歩いて20分程の距離にあった。合同庁舎の隣には私が通っていた高校があり、私にとっては地元。配属先が決まった時、母親は歩いて通える距離の場所になったことを喜んでいた。
 私は県庁で内示を受け、迎えに来てくれた精神保健福祉センターの職員とともに、合同庁舎にある事務所に向かった。事務所に到着すると、所長室に行き、所長に挨拶をし、次長に促され、他の職員がいる事務室に行き、挨拶をした。
 精神保健福祉センターは医師である所長と事務職の次長、他に精神保健福祉士や心理士、保健師などの資格を持つ職員が配属されていた。
 県職員になると、半年間は試用期間となる。試用期間中は、新採用職員研修を受けながら、仕事では単独行動はせず、先輩職員に付いて仕事を覚える。私は次長より、仕事を教えてくれる先輩の職員を紹介された。
 紹介された先輩職員は芦沢さん。芦沢さんは30代の男性。福祉系大学を卒業後、民間の精神科病院などで仕事をし、30歳を越えてから、県職員に採用された。私が会った時は県職員になって、3年目だった。

 「よろしくお願いします。少しずつ覚えていけば良いからね」と私に声をかけると、芦沢さんは目の前で鳴った電話を取り、話し始めた。芦沢さんの声を聞いていると、芦沢さんは抑揚のない平坦な話し方をしていた。喜怒哀楽がよく分からない。その後も鳴る電話の応答を見ていたけど、相手が変わっても、芦沢さんの態度は変わらなかった。

電話が終わった後に芦沢さんに聞いてみた。
 「芦沢さん、一つ聞いてもいいですか?」
 「いいよ。何?」
 「芦沢さんの話し方、抑揚がないように感じるのですが、それは意識してやっているのですか?」
 「抑揚?上がり下がりってこと?」
 「はい。電話の相手が変わっても、芦沢さんの対応が変わらないように感じたので」
 「そうなんだね。何だろう。僕にとってはこれが普通だから、何で?と言われても分からないな」
 「そうですか。スイマセン」
 「謝ることはないよ。自分のことは自分が一番気づかないから、また教えてね」
 「はい」

 「変わらない」、私にはできないなと思った。嫌なことがあったら怒る。嬉しいことがあったら喜ぶ。気分の波は上がったり、下がったりする。でも、変わらない人がいる。どうしてだろう?私はそう思った。
 その日以降、私は芦沢さんの仕事に付いた。面接に同席し、電話対応の時は横の席に座り、芦沢さんがどのような対応をしているのか、見て、聞いた。芦沢さんの対応は、電話だけでなく、来所してくる相談での対応でも変わらなかった。
 芦沢さんが受けた相談の中に、飯塚哲也さん(仮名)がいた。飯塚さんは19歳の男性で、私が面接に同席した時は通信制高校に通っていた。哲也さんは幼少期から集団生活に馴染めず、一つのことにこだわるとそのことに執着し、それ以外の話は入らなかった。衝動的に行動してしまい、同級生などとの間でトラブルになることも多く、通っていた高校で不登校となり、その時に受診した精神科で、発達障害の診断を受けていた。発達障害に関しては、発達障害者支援法が制定され、県には発達障害者支援センターが精神保健福祉センターとは別に設置されていたが、衝動性の高さから他者と問題になることが多く、精神科的なフォローが必要との理由から、精神保健福祉センターへの相談に繋がった。
 私は精神保健福祉士の資格は持っているものの、これまで相談を受けたことはなかった。理論を学び、実習で指導者の面接に同席することはあっても、実際に自分で面接したこともなく、どのように話を聞けば良いのか、分からなかった。そのため、芦沢さんが哲也さんの相談をどのように受けるのか、気になった。衝動性のコントロールがつけられないことが問題であれば、哲也さんにそのことを伝え、どのように対処していくのかについて、その対策を提示していくのかなと思った。
 
 「哲也さん、こんにちは」
 「こんにちは」
 「今日は新しく4月から精神保健福祉センターに配属になった職員を紹介します。田中元気さんです」
 「田中元気です。よろしくお願いします」
 「よろしくお願いします」
 「田中さんは配属になったばかりだから、仕事のことが分かりません。なので、他の職員の仕事に付いて、覚える必要があります。田中さんが哲也さんの相談に同席しても良いですか?」
 「大丈夫です。田中さんはいくつですか?」
 「23歳」
 「僕の先輩ですね」
 「先輩?・・」
 「僕よりも4歳も年上なので、先輩だなと思いました」
 「ああ」
 「では、哲也さん、相談を始めましょうか。哲也さん、まずはここ最近の生活の様子を教えて下さい。今、学校はどうしていますか?」
 「今日、行ってきました。来週までに課題をやらないといけないのに、出来ていません」
 「課題?どんな課題ですか?」
 「英語です」
 「課題は終わりそうですか?」
 「できません」
 「できない。何か理由がありますか?」
 「分かりません」
 「どうしようと思っていますか?」
 「どうしましょう。どうしたら良いですかね・・芦沢さん」
 「はい」
 「芦沢さん、英語を教えてください」
 「はい?」
 「僕が分からないので、教えてください」
 「どんなものか見せてもらってよいですか?」
 「これです」

 哲也さんは持っていた鞄を開け、クリアファイルを取り出し、中に入っていたプリントを芦沢さんに見せた。芦沢さんはそれを身ながら、哲也さんに質問していた。

 「哲也さん、ここの答えは何だと思いますか?」
 「分かりません」
 「ここに例題があるので、まずはこれを見てみましょう」

 私は精神保健福祉の相談が見られると思っていた。でも、目の前では、英語の勉強をしていた。何をしているのだろう?英語の勉強は学校でするものであり、ここですることではない。でも、1時間の相談のその後の時間も、英語の勉強で終わった。

 「今日はここまでにしましょう。哲也さん、残りはできそうですか?」
 「できません」
 「どうしますか?」
 「芦沢さん、一緒にやってください」
 「いつまでが課題の提出期限ですか?」
 「来週の木曜日です」
 「あと、1週間ありますね。哲也さん、次はいつ来られますか?」
 「いつでもよいです」
 「そうですか。であれば、来週の月曜日の同じ時間に時間を取りましょう。私はその後の予定にゆとりがあるので、少し長く時間が取れると思います。それでどうですか?」
 「ありがとうございます」
 「では、哲也さん、来週の月曜日。よろしくお願いします」
 「よろしくお願いします」

 相談を終え、哲也さんが部屋を出て、いなくなったことを確認し、芦沢さんに聞いた。

 「芦沢さん、哲也さんとの面接は何を目的に設定しているのでしょうか?」
 「目的?田中さんは何を目的に設定したら良いと思いますか?」
 「私は哲也さんの衝動性の高さが問題だと聞いたので、それへの対策を立てることが必要だと思います」
 「そうですか。衝動性の高さは問題ですか?」
 「はい」
 「誰にとって?」
 「誰にとって?哲也さん・・」
 「哲也さんにとって問題ですか?」
 「・・・周りですかね」
 「周り。周りって誰ですか?」
 「誰・・」
 「私の目的は、哲也さんと会うことでしょうかね」
 「会うこと?」
 「そうですね。会い続けること。そうだ。私と哲也さんとの関係がどうなっていくのか、田中さん、見ていってください。そして、それを私にぜひ教えてください」
 「・・はい」

 この後、何が待っているのだろう?私はこれから芦沢さんと哲也さんとの関係を見ていく。芦沢さんは私に何を見せたいのか、何を言おうとしているのか。


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