見出し画像

芦沢さんとぼく(仮) 第4話 もう話したくないです

 県職員になり、私がしたことは、英語の勉強、100mダッシュ・・。一体、何をしているのだろう?就職した当初、私は困っている人の相談に応じ、答えている自分の姿を想像していた。でも1か月以上が経過し、私は想像とは違う毎日を過ごした。この先、どうしたら良いのだろう?どうなっていくのだろう?
 先輩の芦沢さんのところに相談に来ている飯塚哲也さん(仮名)は、強い人になりたいと話し、空手の道場に通った。基礎体力をつけたいと障害者スポーツ団体の練習に参加したけど、辛くなり、練習は1回で終了となった。最初からこうなることは予想できたのに、芦沢さんはわざわざ団体に連絡し、彼の練習に同行した。失敗し、嫌な思いをするのは本人なのに、やらせる意味があったのだろうか?私には芦沢さんのやり方が理解できなかった。
 本人がやりたいと話しても、本人が今、置かれている現状について話をし、できそうなことを提案し、やらせた方が良い。本人にとっての最善を考えるのが、私たちの責任だと思った。
 哲也さんは芦沢さんのところに2週間に1回、やってくる。相談に来ない日は毎日のように電話をしてくる。枠を決めた方が良い。学生実習の時に私を指導した相談員から言われた。枠がなければ、本人の言いなり。それでこちらが疲弊してしまえば、意味はない。枠を決めてあげることは本人のためにもなる。決まっていればその通り動けば良いのだから。私はそう教わった。でも、今、面接に同席している芦沢さんは枠を決めない。哲也さんからの電話も席にいれば、受けている。不在の時は折り返し、電話を入れている。疲れないのだろうか?と思うが、芦沢さんは受け続けている。芦沢さんの自己満足なのでは?見ていて、そう感じた。相談を受け続けていることで、やっている感を出している。それで満足しているのではないかと思った。自分の満足のためにしているのであれば、専門職としてどうなんだろう?私はそう思った。
 そんなことを考えていた時に、哲也さんが約束もなく、相談に来た。約束のない日に来ることはこれまでなかった。約束のない日は電話で芦沢さんと話していたのに、何で来たのだろう?私は哲也さんに声をかけた。
 「哲也さん、こんにちは。どうしました?」
 「芦沢さん、いますか?」
 「芦沢さんは、今は外に出ていて、不在です。戻ってくる時間は言っていなかったので、分かりません。戻ってきたら、電話をするように伝えましょうか?」
 「困ったな」
 「どうしました?」
 「田中さん、話を聞いてください」
 私はどうしようかと悩んだ。芦沢さんが担当だから、芦沢さんがいる時に時間を改めて取るように伝えた方が良いと思った。でも、芦沢さんのこれまでの面接を見ていると、私でもできそうな気がしていた。芦沢さんが担当だけど、私も哲也さんの面接に同席してきた。副担当ではあるので、私が聞いても問題ないように思った。
 「分かりました。こちらへ」、私は哲也さんにいつも話を聞いている相談室に案内した。
 「どうしました?」
 「困りました」
 「何がですか?」
 「チャットで言い合いになってしまいました」
 「言い合い?どういうことですか?」
 「チャットをしていたら、いつものように僕の悪口を言う奴がいて、そいつがあまりにもしつこいから、言い返してしまいました」
 「何を言ったんですか?」
 「相手がお前なんか障害者で仕事もしていないんだろう?情けないなと言うから、仕事はしている、お前と一緒にするな。バカと言い返しました」
 「チャット上での話であれば、気にしなくても良いんじゃないですか?」 
 「相手が仕事をしているなら、証拠を見せろよ。どうせ嘘をついているんだろうと言うから、嘘ではない。仕事をしていると答えたら、じゃあ見せろよと言われました」
 「無視すれば良いんじゃないですか?」
 「無視したら、僕は嘘つきだと言われ続ける。アイツは他の人にも僕が仕事をしていると言っているから、その証拠を一緒に見ようぜと言っている。証拠を見せられなかったら、僕はもうチャットができないですよ」
 「チャットで大変な思いをしているんだから、これを機会に止めたらどうですか?」
 「止められないです」
 「どうしてですか?」
 「大事な友達がいるんです」
 「大事な友達と言っても、会ったことがない友達であれば、気にしなくても良いのではないですか?」
 「毎日、話をしているんです。友達も仕事をしているなら、教えてと言っているんです」
 「どうしようと思っていますか?」
 「どうしましょう。どうしたら良いか、教えてください」
 「止めたら良いと思います」
 「それはできません」
 「止めずに、続けるにはどうしたら良いですか?」
 「止めずに・・」
 「そうです。・・もう仕事をするしかないですね」
 「仕事・・」
 「僕、これからハローワークに行ってきます」
 「ハローワークですか?」
 「はい。仕事を探して、就職すれば、皆に報告できます」
 「哲也さん、仕事をしたことはあるんですか?」
 「ありません」
 「そんなに焦っても、上手くいきませんよ。まずは順々に・・」
 「待ってられません。田中さん、手伝ってください」
 「手伝う・・」
 「芦沢さんだったら、手伝ってくれます」
 「芦沢さんと私は違います。私は止めた方が良いと思います」
 「じゃあ良いです。今からハローワークに行きます」
 哲也さんは部屋を飛び出し、出ていってしまった。一人部屋に残され、私は不安になった。哲也さんがハローワークに本当に行ってしまったらどうしよう?芦沢さんに連絡した方が良いか?でも、芦沢さんに言わずに哲也さんの話を聞いてしまった。それをどう説明したら良いのだろう?今は起こり得るリスクに対応する必要がある。
 色々な考えが浮かんでは消え、時計を見たら、15分ほど経っていた。ハローワークはここから10分ほどのところにある。もう着いて、話をしているかもしれない。私は事務室に戻り、ハローワークに電話をした。
 「はい。ハローワークです」
 「スイマセン。私は県の相談機関に務めております、田中と申します。一人、私のところに相談に来ている方のことで話があり、ご連絡をしました。障害者の窓口のところに繋いで頂けますか?」
 「少々、お待ちください」
 「はい。障害者窓口です」
 「スイマセン。私は県の相談機関で相談員をしています、田中と申します。実は私のところに相談に来ている、飯塚哲也さんのことでご連絡しました」
 「飯塚さん・・ああ、先程来て、別の者が話を聞いています。何かありましたか?」
 「先程まで私と話をしていました。仕事をしたいと話すので、順々に話をしてからと伝えたのですが、本人が言うことを聞かずに行ってしまって・・」
 「支援者の方と話をし、賛成を得て、来た訳ではないと言うことですか?」
 「はい。賛成はしていません」
 「そうですか。どうしますか?本人が相談を望んだ場合、拒むことはできません。田中さんから連絡があり、田中さんと話をしてから、必要があれば再度話に来るように伝えても宜しいですか?」
 「はい。そうしてください」
 「分かりました」
 電話を切り、これで哲也さんの行動を止められる。私はそう思った。電話のあと、10分ほどして、哲也さんから私に電話が入った。
 「田中さんですか?」
 「田中です」
 「何でハローワークに電話をしたんですか?」
 「哲也さんが嫌な思いをしないように・・」
 「僕は頼んでいません。頼んでいないことを田中さんは何でしたんですか?」
 「哲也さんを助けるためです」
 「僕の話を聞かずに、勝手に電話をする権利が田中さんにあるんですか?芦沢さんは絶対にそんなことはしない」
 「・・哲也さんがこのまま仕事の話を進めても、上手くいかない場合、傷つくのは哲也さんです。それを防ぐ必要があると思いました」
 「もう話したくないです。僕は絶対に許しません」
 「・・・」
 哲也さんの電話は一方的に切れた。私は何か悪いことをしたのだろうか?起こると思われるリスクを考えれば、私の行動は正しいと思った。何で?何で?私は事務室で頭を抱えていると、外出から戻った芦沢さんが声をかけてきた。
 「どうしました?」
 「・・哲也さんが来ました」
 「そうですか。何か話していましたか?」
 「相談したいと話していました」
 「どうしました?」
 「芦沢さんの不在を伝えましたが、私でも良いから相談したいと言うので、相談室で話を聞きました」
 「どんな内容でした?」
 「チャット内のトラブルで、無職をバカにされ、自分は仕事をしていると返したら、証拠を見せろと言われ、どうして良いか分からないと話していました」
 「田中さんはどのように対応したのですか?」
 「チャットを止めるように言いました」
 「そうですか。それで哲也さんの返事は?」
 「止められない。友達もいると言っていました。チャットを止めず、続けるにはどうしたら良いかと聞かれ、返事に困っていると、ハローワークに仕事を探しに行くと言い、出ていきました」
 「それで田中さんはどうしました?」
 「芦沢さんに連絡を入れることも考えましたが、ハローワークに行き、話が進んでしまうと困ると思い、ハローワークに連絡を入れました」
 「それを哲也さんは知っていますか?」
 「知りません」
 「それでどうなりました?」
 「ハローワークに電話を入れると既に哲也さんが話をしていたので、私からの連絡があったことを本人に伝え、本人には私と話をし、必要があればハローワークに日を改めて相談に来るように伝えてもらいました」
 「哲也さん、納得しましたか?」
 「しません。すぐに哲也さんから電話があり、僕はハローワークに電話をすることを頼んでいない。何の権利があるんだと怒り、一方的に電話を切られました」
 「田中さんは今回のご自身の対応をどう思いますか?」
 「私は間違っていません。本人が傷つくのが分かっているのであれば、それを止めるのは当たり前だと思います」
 「傷つくのを止めるのが私たちの仕事ですか?」
 「はい」
 「仕事の話を進めたら、哲也さんは傷つきますか?」
 「はい」
 「何か根拠はありますか?」
 「仕事をしたこともなく、人との関係を上手く結べない本人の特性を考えたら、傷つくと思います」
 「でも、それはあくまでも、田中さんの意見ですよね」
 「はい」
 「仕事の話を進め、上手くいった場合どうしますか?」
 「そんなことはありません」
 「なぜ、それが言えますか?」
 「・・」
 「以前、責任の話をしました。もし、話を進めていたら、仕事の話が進んだのにと分かった時、それを止めた田中さんは責任が取れますか?田中さんが話す責任とは何を指しますか?私は、責任は誰にも取れない。本人が自分の人生を時に躓きながらも、納得できるか否かが大事だと思います。本人が悩み、考える場所に、逃げずに居続けるのが私の責任だと考えています」 
 「・・」
 「私は関係を見て下さいと田中さんに伝えました。田中さんは英語の課題も100mダッシュも、精神保健福祉相談ではないと話していました。田中さん、自分のことを知ろうとしない人に大事な話をすると思いますか?何が精神保健福祉相談かを選別し、これは自分の仕事、これは違うと判断する人に話したいと思いますか?」
 「・・・」
 「本当に大変になった時に、助けてくださいと言ってもらえるか否か、私はそのために毎日、本人と関わっているように思います。田中さん、今後、どう哲也さんと向き合っていくのか、考えてみてください」
 何も言えなかった。私は私のために仕事をしていた。私が思う精神保健福祉相談の理想を絶対視し、それ以外を否定していた。本人を見ていなかった。私は・・。
 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?