芦沢さんとぼく 第6話 僕の夢は世界平和
哲也さんに面接の同席を許可されて以降も、哲也さんと芦沢さんの面接は変わらなかった。哲也さんがチャットでのトラブルを話し、それに芦沢さんが付き合う。何か結論が出ることはない。先日も同じ話をしていたように感じる。何回、同じ話を繰り返すのだろうと思う。でも、ループのように同じ話が繰り返しされた。
前回、チャット内で知り合った人と会うと話していたが、チャットでの会話を通じて、哲也さんが行動することも増えていた。先日は、相手が来るのではなく、哲也さんが自ら相手のところに行く出来事があった。
その日は昼の休憩時間が終わり、時計の針が13時を過ぎたあたりで、哲也さんから電話が入った。電話を取ったのがたまたま芦沢さんだったため、そのまま話し始めた。
「はい。芦沢です」
「飯塚です」
「哲也さんですか?こんにちは」
「こんにちは」
「どうされました?」
「芦沢さん。僕、今、岩手にいます」
「岩手。観光ですか?」
「違います」
「何をしに岩手にいるのですか?」
「会いに来ました」
「誰に、ですか?」
「チャットで知り合った人です」
「どういう流れでそうなったのですか?」
「前回、会えなかった人から謝罪の連絡があったんです。来ようと思ったら、家族の用事が入ってしまい、来られなくなった。すぐに連絡しようと思ったけど、家族の用事を優先してしまったと言われました」
「そう言われて、哲也さんはどう思ったんですか?」
「家族が理由なら仕方ないなと思いました」
「そうですか。それでどうされました?」
「今度は僕が相手のところに行き、会うことになりました。だから、岩手にいます」
「相手の人は岩手の人なんですか?」
「はい」
「今、待っているんですか?」
「はい」
「今日は会って、どうしようと思っていますか?」
「会ったら、食事に行こうと思います」
「どこに行くか決めているのですか?」
「はい。ネットで調べました」
「そうですか。哲也さん。私が心配症だから、ゴメンナサイ。また、哲也さんの都合の良い時にどうしているのか、教えてください。無理のない程度で大丈夫ですので」
「はい」
電話を切った芦沢さんに私は聞いた。
「また、騙されているんじゃないですか?」
「どうだろうね」
「騙されているかもしれないとは言わないのですか?」
「言う理由は?」
「言う理由ですか?」
「今、哲也さんは相手が来てくれると思っている。思っている哲也さんに水を差すことを言う理由はなんだろう?」
「・・・」
「私は哲也さんからの電話を待ってみようと思います」
「待つですか・・」
先程の電話から30分後、再度哲也さんからの電話が入った。
「芦沢さん。相手がきません。どうしてですか?どうしてですか?」
「どうしてだろう」
「僕はまた騙されたんですかね。僕が来ているのを誰かが隠れてみていて、馬鹿にしているんですかね」
「どうだろうね」
「僕、悔しいです。悔しい」
芦沢さんはその後も続く、哲也さんからの「どうして?」の問いかけを聞き続けていた。
「哲也さん、今日帰ってこられそうですか?」
「分かりません」
「どうしたらよいですかね?」
「もう死にたいです。何もかも嫌になりました」
「そうですか。何もかも嫌ですか・・」
「僕がすることは上手くいかない。何をしても上手くいかない。どうしてですか?どうしてですか?」
「答えが難しいですね」
「僕、嫌です」
「哲也さん。今は私の言葉、受け止めることができないかもしれません。私は、哲也さんは素敵な人だと思っています。人に対して優しさがある。なかなかできないことだと思います。ただ、元々の真面目さが強く出てしまうと、周りとの間で上手くいかなくなることがあります。哲也さんの良いところを伸ばしていってもらいたい。今日のことは、相手に何か事情があったのかもしれない。それは哲也さんには関係のない話。あくまでも相手の話。哲也さんは相手の話に真摯に向き合った。ただ、それが相手との間で上手く合わなかっただけだと思います。明日、私は時間の都合がつきます。哲也さんの来られる時間に来て頂き、今後のことを相談したいなと思います」
「芦沢さんは僕のことをそんなふうに見ているのですか。僕はダメではないですかね」
「ダメだと思ったことは一度もないですよ。私、哲也さんがすることに対して、一度もダメと言ったことはないと思います」
「そうですよね。言われたことはありません」
「哲也さん、明日来て頂けるようであれば、一度電話を頂いても良いですか?折角来て頂くのに、私が席を外していては申し訳ないので」
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
芦沢さんが電話を切ったところで私は声をかけた。
「明日、来ますかね?」
「どうですかね。でも、私は待ってみます」
「待つ、ですか」
「私ができることは待つことですから」
「・・」
私ができることは待つこと。他にできることはないのだろうか?大丈夫なのだろうか?私は一人ソワソワした気持ちでいた。
次の日、哲也さんは昼過ぎに電話を入れ、午後2時に事務所に来た。
「こんにちは」
「こんにちは」
「哲也さん、いつ戻ったんですか?」
「今日の朝です」
「昨日の電話のあとはどうしたのですか?」
「僕はあの後、海に行きました」
「海?」
「海です。海に行き、近くのお店で海鮮丼を食べました。食べて、また海に行ったら、テレビのロケをしている人たちがいました」
「そうですか」
「芦沢さん、僕、インタビューを受けました」
「インタビュー?どんなインタビューですか?」
「僕、聞かれたんです。あなたの夢は何ですか?って」
「はい。何て答えたんですか?」
「僕の夢は世界平和ですと答えました」
「そうですか。そう言ったら、相手は何て言いました?」
「素敵な夢ですねと言われました」
「そうですか」
「これが証拠です」
哲也さんは自分の携帯を取り出し、カメラマンとインタビューをしたリポーターと思われる人とともに撮った写真を見せた。
「僕のテレビデビューです」
「そうですね」
哲也さんと芦沢さんとの会話はその後も続いた。哲也さんの話に芦沢さんは笑顔で聞いていた。何かここだけ時が止まっている。ここだけゆっくり時間が流れている。私はそう感じた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?