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芦沢さんとぼく 第5話 気をつかうって何ですか?

 ハローワークの出来事があった夜、私が自分がしたことを振り返ってみた。哲也さんが約束なく、相談に来た。私は芦沢さんの不在を伝えた。哲也さんは困ったと言い、私でも良いから相談したいと言った。芦沢さんが担当との認識はあった。芦沢さんに話をするようにと言うこともできた。でも、言わなかった。芦沢さんがこれまでしてきたことが相談だとは思えなかった。私の方が相談員ぼく振舞える。そんな気持ちもあった。哲也さんから、田中さんでも話を聞いてほしいと言われ、嬉しかった。大学を卒業し、仕事に付き、人の助けができる。そんな気持ちだった。
 哲也さんから、チャット内でのトラブルの話を聞いた時、「またか」と思った。トラブルになるのなら止めたら良いのにと思った。だから、哲也さんにも言った。でも、哲也さんは続けたいと言い、どうすれば続けられるか教えてほしいと聞いてきた。止めた方が良いと言っているのに、続けたいと話し、続けるにはどうしたら良いか聞いてくる哲也さんに、勘弁してほしいと思った。いい加減に気づけよとも思った。
 私が答えに窮していると、ハローワークに仕事を探しに行くと話した。止めないといけない。そう思った。でも、哲也さんは言うことを聞かず、出ていった。早く止めないと。哲也さんが嫌な思いをする。哲也さんが勝手な行動を取り、それを止められなかった自分の責任が問われる。芦沢さんに怒られる。自分が否定した芦沢さんに怒られるのが、なによりも嫌だった。だから、ハローワークに電話した。哲也さんの了解は取っていないけど、あとに起こり得るリスクを考えれば許される。そう思った。
 電話をし、ハローワークの話を止めることができた。ホッとした。でも、その後、哲也さんから怒りの電話が来た。勝手に電話をしたことを怒っていた。もう話をしないと言われた。私は悪いことをしていないのに、何で怒られたのか?芦沢さんに話をしたら、哲也さんとどう向き合っていくのか、考えろと言われた。どういうことなのだろう?
 哲也さんは芦沢さんに電話をし、自分がどれだけ傷ついたのかを話していた。私は哲也さんの面接から外れることになった。芦沢さんは電話口で哲也さんに謝っていた。
 「哲也さん、本当に申し訳ありません。簡単に許せるものではないと私は思います。だから、私も許してくださいとは言えません。都合の良い話だと思いますが、哲也さんの話を私は引き続き聞かせてほしいと思います。私は哲也さんの了解を取らず、動くことはしません。動く時は哲也さんの了解を得ます。なぜ、そのような行動を取るのかを説明します。それをお約束します。よろしくお願いします」
 芦沢さんは哲也さんの怒りが収まるまで、話を聞き続けた。哲也さんと次の相談日を設定し、受話器を置いた芦沢さんは、私に声をかけてきた。
 「田中さん。本人が拒否している以上、田中さんを哲也さんの面接に同席させる訳にはいきません。でも、田中さん、田中さんが今後、哲也さん。もしかしたら哲也さん以外の他の相談者ともどのように向き合っていくのかは定めていかないといけないように感じます」
 「はい」
 「田中さんは考えて、今後どうしていこうと思っていますか?」
 「どうしていこう・・。私は相手の話を聞き、評価をし、改善策を提示できる相談員になりたいです」
 「そうですか。なりたいのは田中さん。相談者はそのような相談員を求めていると思いますか?」
 「相談者ですか?」
 「田中さんは人を助けたいと話していましたね。それと田中さんがなりたい相談員像は合っていますか?」
 「合っているか・・」
 「田中さんは人を助けたいのではなく、自分がなりたい相談員になりたいだけではないですか?」
 「そんなことはありません」
 「そうですか。私たちの仕事は一歩間違えれば暴力になります。本人のためという理由を付ければ許されると思ってしまう。田中さんが自分のことを相談員か否かと思うのは自由です。でも、相談者から相談員と認めてもらえなければ、それはただの裸の王様。哲也さんにとって田中さんは必要な人になれていたのでしょうか?田中さんがなりたい相談員になるために、哲也さんが必要だったのではないですか?田中さんにとって、大事なのは何ですか?」
 「私にとって大事なこと・・」
 私は芦沢さんに言われながら、泣いていた。よく分からないけど、涙が出てきた。なぜだろう?言われて、悔しかった。自分はそんな人間ではない。そう思った。でも、言われた通りかもしれないとも思った。私は哲也さんを傷つけていた。自分を守るために。自分のことを優先し、哲也さんが望むか否かは考えていなかった。考えないようにしていた。情けなくなってきた。何をやっているのだろう?何を・・。泣き出した私に芦沢さんは箱ティッシュを差し出し、「少し考えてみましょう」と言い、その場を離れていった。
 私は哲也さんに謝ろうと思った。芦沢さんにそのことを伝え、芦沢さんから哲也さんに私が謝罪したいことを伝えてもらった。それから2週間後、私は久しぶりに哲也さんの面接に同席することを許された。
 「こんにちは。哲也さん」
 「こんにちは」
 「今日は先日、お話をさせて頂いたように、田中さんから哲也さんに謝りたいとの話があり、今回、田中さんにも来てもらいました。田中さんが話しても良いですか?」
 「はい」
 「では、田中さん、どうぞ」
 「あっ・・。ありがとうございます。哲也さん・・本当にスイマセンでした。哲也さんに了解をもらわずに電話をしてしまい、哲也さんを傷つけてしまいました。スイマセンでした」
 「はい」
 「・・・」
 「哲也さん。田中さんに電話をされ、どんな気持ちだったのか、教えてもらいことはできますか?」
 「ハローワークの人に田中さんから電話があったと言われ、「またか」と思いました」
 「またか?どういうことか、もう少し教えてもらって良いですか?」
 「僕が何かしようとすると、父や母、学校の先生たちは先回りして動きます。僕が傷つくから。嫌な思いをするから。僕のことを考えれば、しない方が良い。みんな、そう言います」
 「はい。それを聞いて、哲也さんはどう思いますか?」
 「僕のことなんか考えていない。父や母の言う通りにして、上手くいかなかったら、僕の努力が足りない、僕の特性のせいと言う。僕が行動して、自分たちが嫌な思いをするのが嫌なだけだと思います」
 「そうですか。田中さんもお父さんやお母さんと同じだと思ったんですか?」
 「はい。そう思いました。僕は何もさせてもらえない。周りが決めた枠の中で行動することを求められる。僕はそれが嫌なんです」
 「哲也さん。お願いできる立場ではないとは思います。でも、もしお願いできるなら、田中さんを今後の面接にも同席させてもらえませんか?相談は私が受けます。田中さんは私の横に座っているだけ。今回のように個別で話を聞き、行動することはしません。田中さんが今後、相談員として成長するために協力して頂けませんか?宜しくお願いします」
 私は何も言えなかった。私が悪いのに、謝っている人がいる。私は何をしているのだろう?哲也さんは「分かりました」と言ってくれた。「ありがとうございます」、私は哲也さんにお辞儀をした。
 その後に続いた面接では、哲也さんはこれまでと同様にチャット内でのトラブルを話し始めた。
 「芦沢さん。今度、チャットで話している人と会いたいと思います」
 「どういうことですか。チャットで話している人が会いたいと言うから、SNSのアカウントを教え合い、写真の交換もしました。若い人でした。こっちまで来てくれると言うから、会おうかなと思います」
 「哲也さんが会いたいなと思った理由はありますか?」
 「僕は友達がいたことがありません。だから、お友達ができたら良いなと思いました。それに相手は女性だから。どう話したら良いか、悩んでしまいます」
 「どう話したら良いかというのは、どういうことですか?」
 「まずは、写真で相手のことは見ているから、見つけたら、「こんにちは。チャットで会話をしているテツこと、飯塚哲也です」と自己紹介をして、相手が名乗ったら、良い名前ですねと返そうと思います」
 「はい」
 「そしたら、喫茶店に入って、映画を見ようと思います」
 「喫茶店はどこに行くか決めているのですか?」
 「はい。ネットで調べました」
 「映画も何を見るか決めているのですか?」
 「はい。僕が見たい映画がやっていたので、それにしようと思います」
 「それは相手の人にも言ってあるんですか?」
 「言っていません」
 「そうですか。いつ会うのですか?」
 「明後日です」
 「楽しみですか?」
 「楽しみです」
 「そうですか。それは良かった。ただ、私は心配症で、会ったことのない人に会う場合、自分が思っていた人とは違うと感じたらどうしようと考えてしまいます」
 「芦沢さんは心配症なんですね」
 「スイマセン。私の心配ですが、哲也さんがもし思っていた人とは違うなと感じたら、無理せず、その人とは離れてくださいね。どうして良いか分からない時は、私に電話して下さっても大丈夫です」
 「分かりました。芦沢さん」
 「はい?」
 「芦沢さんのこと、家族に話をしたら、芦沢さんは僕のことを気づかっているんだと言っていました」
 「そうですか」
 「芦沢さん、一つ聞いて良いですか?」
 「はい」
 「気をつかうって何ですか?」
 「そうですね。私に当てはめれば、哲也さんのことが心配ってことですかね」
 「芦沢さんは僕のことが心配なんですね」
 「はい。心配です」
 「ありがとうございます」
 その日の面接は終わった。哲也さんが女性と会う日、事務所の電話が鳴った。私が取ると哲也さんだった。
 「飯塚ですが、芦沢さんいますか?」
 「はい、芦沢さんに繋ぎます」
 保留音にし、芦沢さんに哲也さんからの電話であることを伝え、内線で芦沢さんの席の電話に繋いだ。
 「はい。芦沢です」
 「芦沢さん」
 「はい」
 「来ませんでした」
 「はい?」
 「今日、女性と約束していましたが、時間になっても誰も来ませんでした」
 「連絡はしてみたんですか?」
 「連絡しても、返事がありません。芦沢さん、僕は騙されたんでしょうか?」
 「どうですかね。私には相手の気持ちが分からないので。騙そうとしたのか、来ようと思ったのに来られなくなったのか。分からないですね」
 「どうしましょう」
 「私はまずは一旦、家に戻って、その上でどうするか考えた方が良いと思いますよ」
 「どうしましょう。どうしましょう・・」
 「そうですね。例えば、あと30分待ってみて、返事が来なかったら、家に帰るのはどうですか?」
 「30分経って、来なかったら芦沢さんのところに行って良いですか?」
 「私のところですか。このあとの予定が入っていないので、来て頂いても大丈夫ですよ」
 「分かりました」
 電話が切れ、1時間後、哲也さんは事務所に現れ、芦沢さんと面接した。「何で来ないんですかね?何で・・」、哲也さんが繰り返し聞き、「何でだろうね」と芦沢さんが返す。そんな面接が1時間続いた。ついていく。芦沢さんは哲也さんとの関係について以前、そう話していた。哲也さんが何を言っても、ついていく芦沢さん。そこに何が生まれるのだろう?

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