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ロスにロスを重ねること

数年前、大好きだった俳優が命を絶った。三浦春馬。初めて、同世代に「色っぽさ」を感じる存在だった。まさか、居なくなるなんて想像したこともなかった。

スクリーンを生きる人は、思い出さないときでも、テレビの裏側できちんと生きていて、脚光を浴びたときに、再び、世間から注目される。そんな陰陽を繰り返して、当たり前に生き続ける存在だと信じてた。

忘れもしない、灼熱の昼下がり。車を運転していた。後部座席に乗っていた母親がスマホ片手に言った「三浦春馬が亡くなった」と。みるみる体から力が抜けて、一時不停止しそうになりながら、なんとか自宅に辿り着いた。

何度ヤフーニュースを更新しても、何度テレビを付け直しても、三浦春馬はこの世を去った。その事実は変わらない。あくる日も、そのあくる日も、その事実は変わらなかった。

好きな俳優がこの世を去った。そのことだけでも、悲愴に取るに足りるが、それ以上に「脚光を浴びれば人は幸福だ」という概念が、儚くも崩れ落ちる瞬間だった。

名声を得て、脚光を浴びて、財を成して、名を刻む。それは幸福への近道だと信じていた。周りからの羨望が、称賛のシャワーだと疑わなかった。現に、そうなることに必死だった。

それなのに、富と名声を得た人間でさえ、生きるという根本的な営みを拒否するのかと。それならば、人間が幸福になる要素とはなんたるかと。

その後、しばらく、大きなロスに苛まれた。大好きな俳優と、自分の行く先と、その両方と。そんなとき、「これ以上失わないように」と身辺への執着に駆られると思っていた。でも、現実はその逆だった。

もう何もいらなかった。例えば、惰性的に続いていた人間関係も、申し込んで満足していた通信講座も、断ち切れなかった感情も、使わなかったサーキュレーターも、自慢だったロングヘアーも。全部全部いらなくなった。

そのときに、手放したものがいくつかあった。痛みに打ちひしがれながら、瘡蓋が出来るまで、悲しみを絞り出しては耐えたことがいくつもあった。終わってしまった繋がりも、終わらない争いも、実を結ばない努力もあった。

そうこうしているうちに、「わたしは何を悲しんでいるのか」分からなくなった。この悲しみは、三浦春馬の死なのか、それとも別なのか。よく分からないけど、全ては「三浦春馬ロス」ということで、胸の苦しさを都合よく片づけることにした。

月日は流れ、樹木の葉は赤みを帯び、そして散る。そしてまた、木々は葉を付けた。スクリーンに映る彼を見るたび「これほどまでに色彩豊かな人がもうこの世にいないなんて」と、夢か現か疑ってしまう瞬間が未だにある。それでも、季節が一周した頃から、大好きだった俳優の死を受け入れられるようになっていった。

それと同時に、彼の死に投影するかのごとく、自暴自棄になりながら負った傷も、また癒えていることに気が付いた。わたし一人では、乗り越えられない悲しみを、一緒くたに片付けることができた。

「人の幸せはその人の脳が作る」なら、「悲しみもその人の脳が作る」のだと思う。悲しみを二度経験するくらいなら、2倍の悲しみを一度に味わった方が良い。その答えもまた、自分自身が持っている。

出来るだけ苦しまないように。そう願うことは、愛情であり優しさであり、それはときに惰性となり、ときに衝動になる。ロスにロスを重ねること。それが、出来るだけ苦しまない答えとなるかもしれない。

わたしは今、激しいロスに苛まれている。わた婚ロスとでも呼ぼう。いつもなら乗り越えられない苦しみでさえ、今なら、一緒くたに乗り越えられると信じてる。



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