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超個人的推し活の流儀

推しは突然降ってくる。

恋は落ちるものだし、推しは降ってくるもの、なのである。
ある日突然。抗えない。

いつだったか、松田聖子も言っていたじゃない?「ビビビッと、きたんです」。

松田聖子よろしく雷に打たれるみたいに痺れるような出会いもあれば、くしゃっとよれたストローの袋が水を吸い込んでいつのまにか全体に沁み込んでいくような、わりと地味な出会いもある。

どちらにしても、目の前に降ってきたらそりゃあ、受け止めるしかないでしょう。
飛んできたボールを思わずキャッチしてしまうみたいに。
パズーがシータを受け止めたみたいに。
突如として心奪われたのなら、きっとそれがあなたの「推し」なんだ。

俳優の推しなら作品のなかでのその眼差しひとつ。ミュージシャンの推しなら画面を超えて飛んでくる音ひとつ。

推しの本気が私に突き刺さる。
心の真ん中の、誰にも見せたくない部分に呼びかけてくる。頭の裏側の、忘れようと隠した部分を揺さぶってくる。

「私に」だなんて。
たったイチファンの、世界の片隅にポツンと存在するこんなちっぽけな「私に」だなんて、そんなの勘違い甚だしい。とかなんとか、及び腰になる季節はとうに過ぎた。

マッキーも言ってるじゃない。「ナンバーワンにならなくてもいい」。SMAPも歌ってるじゃない。「もともと特別なオンリーワン」。

先日読んだWONKというバンドの井上幹さんのnoteに、「愛すべき不特定多数の皆様へ」という文言があった。驚くほど腑に落ちた。

推しにとっての不特定多数。推しが最も大切にしてくれる不特定多数。それが私たちだ。ファンとはそういう存在だ。

それが苦しい人もいるだろう。
推しの「特別」になろうと握手会などに何十回も足を運び、覚えてもらうために外見に変わった特徴を施したり積極的に話しかけたり、そういう推し方をする人もいる。それもいい。それぞれの推し方がある。

でも私にとっては、「最も大切な不特定多数」。これが今一番、しっくりくる落としどころだった。

推しが魂を込めて、あるいは魂を、削って。
「受け止めてみろよ」って繰り出す渾身の一撃。全身全霊で味わい尽くすのがオタクとしての最低限の礼儀だと思えば、「私に、だなんて」なんてそんなこと、言えるわけがないのだ。
一人でも多く、「私が」と思っている人が、世界のあちこちで推しを受け止めていますように。

繊細で感受性の強い推しが、どうか創ることを、表現を、生きることを、諦めてしまわないように。飽きてしまわないように。推しが推しの信念を慈しみながら、この同じ世界で今日も、笑って、悲しんで、でもまた笑って、そして作品を届けてくれますように。
そのために一人でも多くのオタクが、自分は推しにとっての特別だと思い込むことが必要だ。特別な、不特定多数だと。

いや、もちろん、推し方は十人十色なんだけれど。
オタクの集まる所謂「沼」には、それぞれの感覚で、それぞれのやり方で推すことを、互いに認め合う風潮があるように思う。
自分以外のオタクにも総じて優しくなれるというのは、推し活がくれるポジティブな面のひとつかもしれない。

私のnoteをよく読んでくれている人や、Twitterで繋がっている人ならわかるかもしれないけれど、私は最近特に、推しのことばかり書いている。もういいよわかったよ、何回も同じことばっかり、推し推しうるさいよ。そう思う人もいるだろう。

こんなことばっかり書いててもしょうがないかな、なんて躊躇したことも、あるにはあった。私なんのために書いてるんだっけ。ふと思った時に、なんのためでもない、書きたい衝動があったから書いていただけなんだった、と気が付いた。我に返った感じかな。だからもういいや。書きたいことを書く。書けないときは無理しない。

そう思ってみると不思議なもので、やっぱり心が動いたら書きたくなるんだな。そして私にとって「推し活」は、日々の生活に欠かせないものだから。心が忙しなく動きっぱなしになってしまうものだから。だから推しについて書くことも含めてが、私にとっての「推し活」なんだって思った。

そんなわけでマガジンにした。

「推す」ということそのものについて書いたnote、自分の推しについて語るnote、「誰かを推すこと」を描いた作品のレビューnoteなどをここに入れていきたい。

推しを推すことはきっと世界平和に繋がっている。

そんな、壮大なようでいて「いや意味わからん、アホなんちゃう?」ってまた私の中の関西弁の菅田将暉がツッコんでくるくらいにはバカバカしい、でもたっぷり愛のあるマガジンにしていきたいな。

気まぐれ更新ですが、よろしければまたお付き合いくださいね。

#エッセイ #コラム #推し活 #推し #偏愛

子供の就寝後にリビングで書くことの多い私ですが、本当はカフェなんかに籠って美味しいコーヒーを飲みながら執筆したいのです。いただいたサポートは、そんなときのカフェ代にさせていただきます。粛々と書く…!