![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/38093403/rectangle_large_type_2_d891f5bff775c56c5dfc9bb55219c717.png?width=1200)
褒めれば褒めるほど、モチベーションは下がる??
こんにちは!
社交的な人見知りです。
私の母はとても厳しい人で、
あまり「褒める」ということはしてくれませんでした。
そして、母に褒められて「嬉しい」と感じることもあまりありませんでした。
部活で国体選手に選ばれた時も「なんだ、1位じゃないの」
テストで100点を取った時も「ふーん凄いじゃない。次も頑張りなさい」
もちろん母が喜んで褒めてくれることもあったと思いますが、全然覚えていません。でもきっと、私自身は嬉しくなかっただろうなと想像します。
褒めるということは?
皆さんは普段、どんな風に褒めていますか?
「よく出来たね!」
「凄いじゃない!」
「偉いね!」
こんな風に声をかけることはありませんか?
最初に言っておきたいのは、「褒めることが悪い」ではないということ。
褒められればもちろん嬉しいこともありますし、
褒めるべきことがあれば、もちろん伝えるべきです。
ただ、「褒める」という行為がどういうことを指すのか、
一度考えてみていただきたいのです。
褒めるという行為は、
評価する者にとって好ましい結果が起きた時に伝えることです。
例えば、自分の子どもが
『テストでいい点を取った時』『お手伝いをした時』『親切な行動をした時』などです。
上司であれば、自分の部下が
『売上目標を達成した時』『業績に貢献した時』『お茶を淹れた時』笑
基本的に、褒めるという行為は、目上の者から目下の者に行う行為です。
つまり、上下関係の言葉なんです。
上司を褒める、ってあまり一般的じゃないですよね笑
それから、褒める基準も、評価者次第です。
テストで「いい点」って何点からが「いい点」?
100点の時しか褒めない?
80点以上なら?
ではもし、79点だったら?
私は母に対して、こう思ってました。
「いい点を取らないといい子じゃない。」
「100点以外は褒めてもらえない。」
「褒めてもらっても次もいい点じゃないと許されない」
テストのたびに、母に結果を見せるのが億劫で仕方がなかったです。
いい点でも悪い点でも、母のさじ加減次第だからです。
褒めるのではなく認める
私はただ認めてほしかったのです。
結果ではなく、過程を見てほしかった。
結果がどうであれ、私自身を認めてほしかったのです。
例えば
「今回テスト勉強頑張ってたもんね!」
「どんな風に勉強してたの?」
と結果に関わらず、過程を見てくれていたり、私のふるまいに興味を持ってくれてたら。。。
実は認めるには3つの種類があります。
存在承認 / 行動承認 /結果承認
褒めるとは、最後の結果承認にあたります。
結果について認めるということです。
ですが、これだけを行ってしまうと、相手のモチベーションが下がってしまう可能性があります。
なぜなら、「褒められないならやらない」「結果はよかったけれど、あの人は納得しないかもしれない」と、外因的要素が強いからです。
そして、
存在承認とは、相手の存在自体を認めること。
例えば、挨拶をする、目を合わせる、名前を呼ぶ、興味を持つなど。
普段の当たり前のコミュニケーションで行われていることばかりです。
行動承認とは、相手の行動した事実や、意欲について認めること。
例えばチャレンジしたこと、やろうと思った気持ちや、プロセスについて認めることなど。
結果はダメだったかもしれないけど、挑戦したこと自体は素晴らしいよ!!
ということです。
存在承認と行動承認をすると、相手のモチベーションや自己肯定感が高まり、前向きな行動へとつながっていきます。
結果が伴わなくても、またチャレンジしよう!と思えたりするのは、
自分の中の内因的要素の力です。
たくさん見つけよう!褒めポイント!
結果だけを見ては、
「よくやったね!」と、1つしか褒められません。
ですが、普段からコミュニケーションを重ねていると
「こういうのが得意なんだね」
「よくチャレンジしたね!」
「頑張ったから、結果もついてきたね!」
と、たくさん褒めポイントが見えてきます。
ぜひ、何か相手を褒める時には、結果が出た時だけではなく、
普段からよく観察し、褒めるところをたくさん見つけてあげてください!
モチベーションが上がる、褒め方のバリエーションを増やしましょう^^
ではまた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?