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パーソナリティ理論④「防衛と解体」編


1.「矛盾した行動」

『パーソナリティ理論③「価値の条件と不一致」編』でご紹介した、自己概念と実際に起きていること(経験)との間で生じる「不一致」ですが、その不一致とよく似たことが、行動面にも表れます。

実は、パーソンセンタード・アプローチを支える理論は、行動変容について論じられることが多くあります。

それは、基本的に行動というのは、自己概念と一致するようにして生じる傾向があると、考えられているからです。

まずは、この点から解説していきます。

1-1.自己概念に沿った行動

ゆずる行動を取ることで「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念を実現している

たとえば、ある男性が「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念を持っていたとします。

この自己概念に適した行動として、この人物の場合、電車で席をゆずったり、狭い通りで通行人とすれ違う時にも、ゆずることがよく選択されます。

ゆずることができた時、「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念が実現できているということになり、この自己概念は強化されます。
つまり、人に優しくできたと知覚できることで、条件つきではあるものの、自分で自分を大切な存在であると認めることができるのです。

また、自己概念と一致していることから、当然のように、自分のした行動について、明確に認識することができます。

1-2.自己概念と矛盾する行動

自己概念と矛盾する行動

自己概念と一致するように行動が表れることについて解説しましたが、これとは逆に、自己概念と関係なく表れる行動もあります。
この行動は、今回タイトルにもなっている「防衛と解体」に密接に関わるものなので、細かくみていきます。

先ほどの、ゆずる行動を取ることで「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念が実現している男性を例に解説します。

前日に、新しく赴任してきた上司から、理不尽な要求や自尊心を蔑ろにする発言が連日あり、ついに昨夜はなかなか寝つけず、翌日の朝に会社に遅刻しそうになって急いでいるという状況があるとします。

いつも通り狭い通りに差し掛かった時に、向こうから女性が歩いてきました。普段なら、道を開けて先に通しますが、とても焦っているため、待つことができず、無言で押し退けて通る行動が取られてしまいました。

脅威や焦りによって生じる身体の反応は、神経生理学的に強く行動を急かすものになります。

上記の例では、そうした有機的なニーズに応える形で、行動が取られています。

この時「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念を差し置いて、行動が選択されているので、これを「自己概念と矛盾した行動」と呼ぶことができます。

1-3.「知覚の拒否」と「歪曲」

事実を「歪曲」したり「知覚の拒否」をして防衛

「矛盾した行動」について解説しましたが、このように書くと、自己概念と一致していない状態は、よくないことというニュアンスを帯びるものですが、人間が生き物である以上、特に強い脅威などの有機的ニーズを感じた場合などに、なによりも行動が重視されるのは自然なことです。

このことからも、有機的なニーズと自己概念は、いつでも一致しているわけではないということがわかります。

しかし、実際に体験している側からすれば、それは激しい葛藤を起こす体験にもなります。

これは、社会という他者との関わりに頼って発展することを選んで発達した人間にとって、重要な課題といえます。

この他者との関わりについて、先ほどの例の「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念を持った人の視点を使ってみていきます。

強い焦りによって、狭い通りの向こうからやって来た人を押しやってしまった後、背後で悲鳴が聞こえ、振り返ると女性が地面に倒れています。

どうやら押し退けた拍子に、女性はバランスを崩して転んでしまったようです。それを見ていた老人が「何をしてるんだ!」と、こちらに向かってきます。

そして焦っていた心地が、急にはりつめたものに変わります。「どうしてそんなことをするんだ」と続けて言われ、「私はなにもしていません」という言葉が咄嗟に出ます。または「その人が勝手に転んだのでしょう」と、浮かぶ思いが口をついて出てきます。

このように、自己概念と一致しない行動は、本人の意識に認知されないか、自己概念と一致するよう認識の内容を歪める働きが生じます。

自己概念と一致しないために、意識化されないことを「知覚の拒否」といい、自己概念に一致するよう認識内容を歪めることを「歪曲」といいます。(1)

これらは意識的に行われるのではなく、誰もが備えている心の働きです。

この心の働きをパーソンセンタードアプローチでは「防衛的行動」や「防衛的プロセス」といいます。

1-4.防衛的行動と防衛機制

防衛的行動に近い言葉に「防衛機制」という用語がありますが、これは、パーソンセンタードアプローチの人間性心理学とは別の学派、精神分析学の考えによる用語となります。

精神分析学の「防衛機制」は、神経症という緊張で手が震えるなどの健康な人でも抱えやすい心の問題や、精神病と呼ばれる妄想の症状とみなすことができる心の問題を、病理のカテゴリーで捉えて学術的に説明可能にしようとする際に用いられます。

そして、ロジャーズは、この防衛的行動の解説の中で、神経症や精神病といった概念を次のように批判しています。

『それで神経症とか精神病といういかなる概念も、それ自身実在するものとして使うことは避ける。これらの観念は、不適当であり、誤りを起こしやすい概念であると思うからである。』

(2)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.234.

ロジャーズは、ここまでみてきた防衛的行動と、後述する「解体的行動」の2つのカテゴリーで、防衛機制を捉え直すことができると主張しています。

2.脅威と防衛

防衛的行動を生み出す心の働きは、少々厄介なものに思われがちですが、心の基盤である自己構造が壊れてしまわないようにするために、なくてはならない働きとなっています。

ここでは、防衛的行動を含む防衛的プロセスが、どのように役立っているのかをみていきます。

2-1.脅威となるプロセス

潜在的に脅威を感じて不安になる

ここでも先ほどの男性を例に、理解を進めていきます。

理不尽な上司の影響で睡眠の質に問題をきたしていた男性は、会社に遅刻しそうになり余裕がなくなっています。そして、男性は狭い通りを歩く女性を、押し退けてしまいます。

この時、押し退けた行動は「自分は人に優しくできる素敵な人間」という自己概念に反することになります。

さまざまな自己概念の集合を、パーソナリティまたは自己構造といいますが、自己概念に反する自分の行動があると、自己構造全体が揺らいでしまいます。

そもそも自己概念には、生きるために自分と環境についての認識を作る役割があります。

そして、この自己概念には多かれ少なかれ、条件つきの肯定的配慮といえる「価値の条件」が含まれています。

例でいうところの「自分は人に優しくできる素敵な人間」が、それにあたります。

つまり、人に優しくできない自分は認められない、という条件があるので、人に優しくできないといえる行動や欲求があると、生きていくのに欠かせない他者との関わりが失われてしまうことを、潜在的に恐れ、そんな自分に対する強い自己否定も生じやすくなります。

そのことから、自己概念に反する行動や欲求があることは、脅威につながることとして、潜在的に知覚されます。

この状態によって、意識できるものとしては不安感情が生じてきます。

2-2.崩壊と解体

自己構造の崩壊

ここまで、自己概念に反する実際の行動や欲求があることで、強い自己否定につながって、自己構造が崩壊する脅威を、潜在的に知覚することをみてきました。

このままでは、大変な心理的苦痛に陥ってしまうことから、それを避ける必要があります。

それが「防衛のプロセス」です。『1-3.「知覚の拒否」と「歪曲」』で解説したものが、防衛の働きとなります。
端的にいえば、歪めたり(歪曲)、なかったこと(知覚の拒否)にして、事実を不正確に知覚することで、バランスを取ろうとします。

しかし、「知覚の拒否」や「歪曲」などの防衛が機能しないくらい、急に事実を目の当たりにしたり、否定できないほど明確に意識してしまう場合もあります。

そうなると、自己概念に反する実際の行動や欲求があるという不一致の状態が、意識に上がってくるので、はっきりと不安を感じることになります。
この不安の程度は、どのくらい自己概念と実際の行動・欲求にギャップがあるかによって決まります。

仮に、自己概念とまったく合致しない自分のあり方が、意識化されると、自己概念の集合である自己構造が崩壊し、まとまりを失ってしまいます。
自己構造が崩壊した状態を「解体disorganization」といいます。(3)

この解体状態にいたると、今まで意識化を避けていた事柄が、明確に行動として表れたり、反対に、自己概念と一致した行動が表れたりと、落ち着かないものになります。

また、心理面では激しい緊張感がコントロールの効かない感情として、よく表れるようになります。

例の男性がこの解体状態に陥った場合、狭い通りでなくとも、向こうからやって来た人を憎い邪魔者であると思い込み、積極的に肩にぶつかって歩いたり、ある時には急に「自分は人に優しくできる素敵な人間」の自己概念にぴったり当てはまるよう、微笑みを浮かべながら人に優しく道をゆずるという行動が取られます。

そうして一貫性のない行動が表れながら、心理面では絶えず落ち着かない状況になることが、解体行動のひとつのケースとして挙げることができます。

2-3.心理支援での不一致の意識化

崩壊の不安を緩和して不一致に想いを馳せる

心理カウンセリングをはじめとする対話による支援では、支援者との関係性でリラックスできるようになると、自由に自身のことを話せるようになります。

自由に話していると、次第にクライアントの内面では、不一致の事柄についても意識化しやすくなっていきます。
そのことを言葉にしようとする際に、自己構造が崩壊する脅威があるので、不安が生じます。

そこでも、支援者との関係性で一貫して安心感を得られるならば、不安は緩和され、建設的に不一致の状態を内省していくことも可能になります。

しかし、自己概念と実際が矛盾していることを、無理に支援者が指摘して理解させようとする時、クライアントの内面で「知覚の拒否」も「歪曲」もできなかった場合、不一致を意識化したことによる自己構造の崩壊が起き、解体に陥ってしまいます(4)。

このことからも、支援者が一貫して受容的な態度で関わって、クライアントの不安を緩和していくことが、いかに重要なのかがわかります。


【引用文献】

(1)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.235.
(2)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.234.
(3)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.236.
(4)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.237.


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