甲子園を、スポーツ発のグローバルな温暖化対策のモデルに

まとめ
・「夏の甲子園問題」の議論に欠ける「甲子園を地球温暖化から守る」視点
・「夏の甲子園問題」は氷山の一角で、同様の問題はグローバルに存在する
・見逃せない「Passion VS Responsibility」の問題
・SDGsを踏まえたスポーツ発のグローバルな地球温暖化対策の発信を-甲子園はその格好のモデル-

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この写真、何だろうか?

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これは、静岡県浜松市の浜松開誠館中学・高校の生徒およそ400人によるデモ行進。地球温暖化のせいで野球をはじめとするスポーツ活動の機会が狭められることに対する抗議デモだ。

詳細は下記のリンクを参照。「暑くて野球できない」で検索してもこの関連の記事やまとめが出てくる。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191207/k10012206141000.html
http://kaigaino-syogeki.blog.jp/archives/4669490.html

コメント欄に多く書かれている高校生に対する心ない非難や中傷…に触れている余裕はここではない。私は、この抗議デモは起こるべきして起こったもので、運動する権利を奪われる高校生が当然に権利主張したまでだと思う。むしろ称賛すべきだ。というよりは、日本文化では発言・行動しにくいの背景があるとはいえ、このアクションが起こるのが遅すぎたくらいだ。


【問題の象徴、甲子園】

地球温暖化のためにその存在が危機に陥っている最大の「目玉」であり、また上記写真の高校生が念頭に置いているものは、言うまでもなく「夏の甲子園」「夏の高校野球」であろう。昨今の地球温暖化進行に起因する猛暑・熱波の頻発により、大会の方式や存在自体に対する批判がここ10年で急増した感がある。

ネット記事や新聞記事の見出しから挙がっている議論を抽出すると、以下の感じだろうか。甲子園の暑さ対策問題になると、ネット上でしょっちゅう喧嘩や罵り合いがおきるのだ。最近では、萩生田文部科学大臣による夏の甲子園の在り方についての発言が、半ば切り取られた形でメディアの標的になり、大きな議論を呼び起こすこととなった。

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議論の図式、対立の図式を私なりに示すと、こうなるか。

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この類の問題に関して、私は、選手目線に立った「デザイン思考」の観点に立つべきと思っている。デザイン思考とは、ごく簡単に言えば、ユーザーがどんな気持ちでどう考え、どう行動したいか、という視点でサービス設計を考える思考方法で、スタートアップのサービス設計でよく謳われる考えだ。この「甲子園問題」に関して、ユーザーは誰ですか??第一は選手、第二は応援団、第三は地元市民。このユーザーにとって、一番なくなったら困るものは何ですか?…「甲子園」であることは間違いない。


2019年11月15日、福岡市で、横浜高校元監督の渡辺元智氏の講演、同校OBで元プロ野球選手の愛甲氏、安西氏を交えたトークショーを聞く機会があった。そこで力説されたのが「甲子園に出ると景色が違う」「甲子園のグラウンドに立つとずっと自慢になる」ということだ。これだけでも説明には十分だろう。付け加えれば、私の出身地富山県旧新湊市(現射水市の一部)では、新湊高校の活躍で、地元市民1万人が甲子園に出掛けることがあった。また、私の出身校(富山県立高岡高校)も、高校3年の時県予選ベスト4に入ったことが、いまだに同窓会でも話題になる。これだけの材料があれば二十分だろう。似たような話が全国に眠っているのは間違いない。

これが仮に「京セラドーム」だったら…ここまでの熱狂は出るだろうか?どこか半減するのは間違いない。譲れるもの、譲れないもの、またあるいは譲るべきものはどんな時でもある。試合時間は譲れるもの、投球回数は譲るべきものと思われる。開催時期は、外部要因から譲るのは難しいものと思う。ただ、どうしても譲れないものは、甲子園という舞台ではなかろうか。

【不思議になされない議論とは】
この「甲子園問題」で不思議になされない議論がある。これは、「甲子園を守るためには地球温暖化対策が必要」という意見だ。最初の写真の少年が言いたいのは、まさにこの意見のはずだ。世論の多くは、「球場を変えろ」「時間を変えろ」「高校野球なんて、夏の甲子園なんてやめちまえ」はあるが、「甲子園を守るために温暖化に気を付けよう」という声は、不思議と全く出てこない。
おそらく、理由は、大多数のネット世論にとって「甲子園なんか所詮自分に関係ないこと」「地球温暖化も自分事ではない」からだろう。しかし、それでいいのだろうか。

【「甲子園問題」はグローバルな温暖化問題の典型的な縮図】
私が思うに、「甲子園問題」は、地球温暖化問題を見えないところまで表した典型的な「縮図」だ。一会場や一競技にとどまらず、日本国内のドメスティックな問題にとどまらず、グローバルな一般市民の生活の問題とも深くリンクしていると思う。

高校野球の場合、地区予選の方が、日程の過密度や球場のベンチ内の空調の設置状況を考慮すれば、甲子園より厳しい環境とも聞く。試合だけではない。練習は「ドーム球場内」ということはあり得ず、どうしても暑い環境である程度やることが出てくる。日中の猛暑の時間帯を避けても暑さや熱中症リスクはもはや避けることはできない。避けると調整過程に狂いが出ることもある。問題は野球だけでなく、他の夏季に開催されるスポーツもおおむね似たような問題を抱えているはずだ。高校の場合は、インターハイがある。日程や空調設置状況も含めれば、ある意味甲子園よりも「厳しい」熱中症リスクと戦わないといけない。もちろん、夏の練習も避けることができないものとなっている。ラグビーやサッカーのような冬の開催が多いスポーツにしても、ウィンタースポーツにしても、夏は合宿が頻繁に行われる貴重な鍛錬の時期である。例えば、ラグビーの場合、日本では長野県の菅平で合宿が多数行われる。

国内だけではない。MLBは移動の関係上真夏のデーゲームが避けられない場合がどうしても出て、ここでは甲子園を超える猛暑の中でのプレーもしばしばだ。Jリーグは東南アジアへの進出に熱心だが、悩まされるのは40℃近くなる、あるいは40℃を超える猛暑の問題とも聞いた。ドーハの世界陸上のマラソンや競歩では、深夜スタートにもかかわらず熱中症で多くの選手が倒れた。そして、東京オリンピック。マラソンや競歩が札幌に移らざるを得なくなったことは多くの人が知るところだ。暑さ対策で開催時期をどうするか議論があった2022年のカタールでのサッカーワールドカップは、結局、11~12月の開催になったようだ。しかし、このために、クラブチームのレギュラーシーズンへの影響、収益機会の喪失は避けられなくなったほか、W杯自体も日程が通常より短縮される見込みで、過密日程が懸念されている。「時期を変えれば全て解決」ではない。

スポーツだけではなく、学校教育の現場、夏フェスなどのイベント、梅雨時の豪雨災害のあとの復旧作業のボランティア、国連ハビタットによる途上国での環境改善プロジェクト…様々だ。毎年夏に名古屋を中心に開催されるコスプレイヤーのイベント「ワールドコスプレサミット」も、屋外活動を含むことから熱波の脅威にさらされるイベントの1つである。故中村哲氏が懸命に農業支援に取り組んだアフガニスタンの現場も、気候変動が深刻化し干ばつや40℃を超える猛暑にしばしば見舞われたという。そして、インドではここ数年50℃に迫る、あるいは場所によっては50℃を超える猛暑が頻発、屋外労働者には休養命令が出て学校は場所によっては強制休校になった。これは、休ませたと言えば聞こえはいいが、労働意欲、教育機会の「喪失」だ。

こうした中、法的な問題も。2009年に起きた大分県内の中学校の剣道部の練習で起きた熱中症による部員の死亡事故で、学校が4,500万円ばかりか、指導者の個人までもが100万円の損害賠償を行うという判決が出た。今年7月起きたひらかたパーク内の着ぐるみのアルバイトの死亡事故では、運営会社の「京阪レジャーサービス」と同社の社長が書類送検された。

なお、ドーム球場などの屋内施設での開催というソリューションはどうか。一般的には、新設の場合は施設の建設コストがどうしてもかかる。オリンピックのような大会は、対外後の後利用を考えないと「税金の無駄遣いの廃墟」となるリスクもある。「高校野球を京セラドームで行え」という話も、一見合理的だが、今後は空調で屋外施設より大きな負担がかかり、CO2の排出が増える事実を忘れてはならない。

【Passion VS Responsibility】
こうした問題が起きた際、「暑い時期はやめよう」「時期を変えよう」「イベントそのものをやめよう」の声がどうしても出る。そして、「●●℃以上ならやめよう」という数値基準がしばしば導入される。日本の教育現場では文部科学省が定めた「WBGT(暑さ指数)31℃なら原則運動禁止」が主な基準になっているか。しかし、当事者は大会出場、プレーのために情熱を燃やし、またそのために長い期間練習や準備を積んでいる。災害復旧やプロジェクトの現場では、「早く環境を戻したい、改善させたい」との思いがどうしても強くなる。子どもの行事もその1つかもしれない。こうした「やる気、パッション」が、温暖化や猛暑のために、まさに「牢屋に閉じ込められてしまう」のだ。また、人間は本来「第三者に管理されるのが大嫌いな動物」という事実も忘れてはならない。

一方、チームの監督、学校、ボランティアセンター…などには、どうしても管理責任が付きまとう。管理する部員やチームメンバー、児童・生徒らに事故が起きれば、どうしても管理責任が問われてしまう。そのため、管理者の動きはどうしても画一的なものとなり、「管理されたくないプレイヤー」を数値基準で「檻に閉じ込める」結果となる。なお、学校の現場で、授業の日程や生徒の要望を踏まえて、例えば「WGBT31℃」などの数値基準に達していても運動会などの行事を行うこともあるようだ。柔軟さはいいが、基準が逆に甘すぎになり効果を失う危険もある。(直接熱中症問題とは関係ないが、2020年春の選抜高校野球から導入される「1週間で500球以内」の球数制限もその例だろう。)

地球温暖化や猛暑は、「Passion VS Responsibility」の問題がどうしても起きるのだ。

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【スポーツ発のグローバルな地球温暖化対策の発信をー甲子園はその格好のモデルー】

こうしてみると、いわゆる「甲子園問題」は、地球温暖化、さらにそれに伴う熱波頻発の問題の「典型的な縮図」といえる。この根本的なソリューションは、「気候変動に対処し、プレイヤーの意欲を損なわずに屋外活動を続けられる環境を維持する」ことではないか。野球だと「甲子園開催」を守れる環境をつくることだ。それは、パリ協定の遵守であり、それでも避けられない温暖化の部分に対してはIOTなどのテクノロジーを活かした健康管理システムだろう。このシステムは、「上から目線」の数値だけで押さえつけるものではなく、選手の意欲ややる気を損なわずに非常時にだけ機能する「非常ブレーキ」のような役目である必要がある。施設の緑化などの工夫もいるかもしれない。

極論すれば、根本的なソリューションは「太平洋の海水温を下げる」ことだろう。しかし、これを実現するために、例えばミサイルや冷蔵庫のものは、誰も作れるはずがない。現状を踏まえれば上記がソリューションでとなる。

ここで、甲子園で「地球温暖化や猛暑に対処する」システムのモデルができれば、これは、野球全体や他のスポーツのみのとどまらず、学校、屋外イベント、ボランティア、海外プロジェクトなど、国内外の様々なプロジェクトに応用可能である。ファッションのように、スポーツが先導して他の分野に波及した分野は多い。温暖化対策もその一つとなれる。そして、その対策に、放映権料収入などで大きく成長したスポーツビジネスの資金力を活かすのが、「スポーツ発の地球温暖化対策」のベストシナリオではないか。そのための社会的責任を、スポーツ、特に野球は背負っているはずだ。なぜなら、冬のプレーが多いラグビー、サッカー、アメフトなどとは異なり、温暖な夏季の気候の恩恵を最も大きく受けてプレー環境が形成されてきた競技だからだ。近年では、ユニフォームが長ズボンの形式で暑さに脆弱な側面もある。高校野球に立ち返れば「プロアマの障壁」「スポンサーが前面に出る」という垣根は現在あるが、こうした旧癖をぶち壊して、甲子園をいいモデルとして、是非取り組むべきである。

なお、多くの日本人は投資家も含め「スポーツビジネスはマイナー」「マーケットは小さい」との勘違いを犯す傾向にあるが、学校・イベント・ボランティア・海外プロジェクトと比べればスポーツビジネスの資金力はけた違いに大きいことを忘れてはならない。先日、Forbes誌が発表した2019年のMLBの総収入は1,070憶ドル。為替相場にもよるが現時点で日本円に換算して1.15~1.2兆円くらいか。NFLの収益規模はMLBをさらにしのぎ、NBAはMLBに匹敵する。これ以外にも、ヨーロッパサッカー、クリケット、最近ではEスポーツと、幅広い。一方、日本政府は、日本のスポーツビジネスの市場規模を2015年の5.5兆円から、2025年には15兆円にすることを目指すという。これは関連産業も多く含み実態より多い気もするが、逆にいえば様々な産業への連関が強い強力なマーケットであることを示している。

(以上関連)
・Maury Brown “MLB Sees Record $10.7 Billion In Revenues For 2019”, Dec 21, 2019, 07:02pm, Forbes
https://www.forbes.com/sites/maurybrown/2019/12/21/mlb-sees-record-107-billion-in-revenues-for-2019/#26ed23af5d78

・日経新聞電子版「スポーツ市場15兆円へ テクノロジー企業がけん引」
2019年12月13日 2:00 [有料会員限定記事]

甲子園、野球を起点に、スポーツを中心とした「地球温暖化対策」のグローバルな発信、波及の図式は以下になるか。

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ここで柱になるのは「SDGs」で、直結する目標としては以下の4つがあげられる。
13.気候変動に具体的な対策を
3.すべての人に健康と福祉を
4.質の高い教育をみんなに
8.働きがいも経済成長も

野球と同様にユニフォームが長ズボンの形式で暑さに脆弱な一方で競技人口が世界で2~3番目に多く、特に熱波が深刻なインドで競技人口が多いクリケットもその起点の役割を果しえる。(野球が果たせないならなら…ラグビー、サッカー、アメフトがそのリーダーにとって代わってもいいのだが。バスケットなどの屋内競技、Eスポーツでもいい。)

最初の写真の少年を救うことが、世界中の様々な人々の夢、情熱、頑張り、笑顔を地球温暖化から守ることにつながっているのだ。


(追記)
「地球温暖化」の表現には、「極地の氷の融解」「台風や豪雨の頻発」の事象も含まれることから、「暑さ」「猛暑」「熱波」の表現にした方がいいのかとも思ったが、あえて「地球温暖化」という表現を主にした。なぜなら、この表現が問題の根源に直結することから、「暑さ」「猛暑」「熱波」の表現に変えて問題を矮小化することを避けたかったからだ。

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