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#19 剣道の継続から拡がった世界④ ~天夢塾にて

剣道を継続する中で、単なる技術向上、試合での上位入賞、昇段審査合格というような成果とは違う、さまざまな学びを得てきました。
恐らく私は、剣道界から試合や審査がなくなっても「張り合いがなくなる」なんてことは一切なく、継続していくことでしょう。

私は大学でも剣道部に籍を置かず、職場に剣道部があるわけでもなく…15年位前まではそこそこ試合にも出ていましたが、それ以降は、7年前に昇段審査を受けたことを除けば試合は片手で数えられるほどで、すなわちほぼ稽古のみです。
それでも剣道をつまらないと思ったことはありません。
続ければ続けるほどに道場に立てば毎回新しい課題が生まれ、道場以外の場でもさまざまな出会いや興味が生まれてくるからです。

■継続が軸になっている状態

私にとって剣道=継続です。
前回紹介した事例だけを見ると、継続の話はどこへ??
という疑問を抱いた人もいるかもしれません。

話がそれているのではないか、と。

しかし紹介した事例は、私の場合は剣道を続けていなければ知ることもなく、ネットワークも広がることはなかったものです。
継続が軸になり、軸の周りにある何かと出会い、理解し、また軸に戻ってくることを繰り返します。

継続が軸になれば新しい展開が生まれ、それがまた継続へのモチベーションアップにつながります。

ここまで継続が自分のなかに入り込み、生活の一部となれば、そう簡単にはなくなりはしないものです。
継続という一本の道を歩くのであれば、何もない荒野よりも周りにお店などが立ち並ぶ道を歩いたほうが楽しいですし、得られるものも多くなるはずです。

こういう一本道よりも…

こういう道も大切ではあります。

■こういう道を歩いたほうが楽しいと思います。

たまには道に並ぶお店などを覗いてみたりと寄り道し、宿で一休みしながら。進む速さも人それぞれです。
道を歩いて行くことには変わりありません。

こうなってくると、ちょっと楽しそうですよね。

■継続のヒントとなった言葉

私にとって継続のヒントとなった言葉を紹介します。

■ウォルトディズニー 夢をかなえるための4つのC

夢をかなえるための秘訣は、4つの「C」にある、というものものです。
「Curiosity – 好奇心」「Confidence – 自信」「Courage – 勇気」そして「Constancy – 継続」。

私の場合は、継続を起点に考えています。

ここでは3つのキーワードを携え、「それを継続すれば」夢がかなうという意味合いが強いと思います。
しかし、私の場合はその逆で、継続により好奇心と自信、勇気が生まれるものだと考えています。
別の記事に書いていますが、私は子どものころからスポーツが苦手で、体育で1を取ったことのある人間です。絵にかいたように低学年のころは道場でも苛められていたのに、結局は私だけが未だに剣道を続けている状況です。
続けている、という自信だけは今も持っていますし、そこから何が生まれてきているのかは、これまで書いてきたとおりです。

■一道万藝  一道は万芸に通ず

一道万藝の竹刀袋を作ったエピソードも別記事で紹介しています

まずは画像下段の言葉から先に。
ひとつのことを継続し、極めるに至った手法は、他の物事を進めていく際にも適用できます。
それは一つのことを続けることで得た様々な知識はもちろんですが、人間的、精神的にも何かを乗り越えるための経験を積み上げてきているからです。

■十で神童 十五で才子 二十歳過ぎればただの人

私にとっては継続のモチベーションとして最もインパクトのある言葉です。
少年時代に稽古した出身道場の初代館長先生が、稽古のたびに話していたことです。
意味は読んだとおり、子供のころに神の子だといわれるほどに才能を発揮していたとしても、二十歳になるころにはみんな凡人になるというものです。
この言葉は、さまざまな場面で使われることが想定できます。
もしかすると、悩める10代に向けて、あの天才をうらやんだり、自分自身を追い込んだりする必要はない。そのうちみんな同じような凡人になっていくのだから。と慰める使い方もするかもしれません。

当時先生は、「二十歳過ぎればみんな只の人になるんだ。だからそうならないように、常に努力し続けることが大事なんだ」と話されていました。
いつの頃に自分のなかにその教えを落とし込んだのか、よく覚えていませんが、「今は自分のほうが凡人だけれど、少しずつでも続けていれば、周りが凡人になったころに追い越すことができるかもしれない」という思いを抱き始めたのは結構早い時期だったと思います。
最近は、年齢、社会的な立場などもあり剣道から足が遠のいたり稽古量が不足していく時期になり、ますますその思いは強くなりつつあります。

続けていくことが自信になれば。
周りが停滞しても自分は少しずつでも登っていくことができれば…
そう思うことで最近は、ますます継続の大切さを感じています。

■それでも新たな課題は生まれる(自分の近況)

一刀と二刀を両方稽古しているから「二刀流」ということで。

この授業は最後に、私がいま挑戦していることを紹介し、一度終えています。
いまや「二刀流」という言葉は、剣の世界以外のほうですっかり有名になりました。
しかし、私は長く続けてきた一刀での剣道と、二刀での剣道を並行して稽古するという二刀流に新たに取り組んでいるところです。
(ただし現在は一刀でどうしても身に着けたいことがあるため、二刀の比率は下がり気味ではあります)

高校生にとっては、継続が進路にどのように役立ったのか、仕事において継続がどのように役に立っているかも興味を持つ部分であり、また今回の話では欠かしてはならないと思っていた部分です。実際、私は現在、文化芸術、生涯学習などの事業運営を行う仕事に就いています。
下は3歳、上は100歳という生涯剣道がどれほどに仕事に役立っているかは言うまでもありません。
その内容についてもおいおい触れていきたいと考えています。

■授業のゴール

私はこの授業を行うにあたり「剣道に興味のない人に継続の意義を伝えること」をひとつのゴールに設定していました。(リンク参照)
授業を終えてちょうど1か月後、母校から、授業に参加した生徒の感想がレポートとして届きました。

【レポートに多くあった声】
●継続って辛くマイナスなイメージがあったけど、そうではないことがわかり、プラスでワクワクする気持ちがわいてきた
●「継続が軸になる」という発想はなかった
●これからもピアノ、空手道、勉強、吹奏楽、剣道。。。などなど、続けていきたい
●中途半端なまま辞めてしまった習い事をまた始めてみたい
●自己肯定感につながるというのはなるほどと思った
●10回も失敗してもあきらめない、というのはすごいと思う(六段審査合格に11回かかりましたという話から)

生徒からの「なかなかうまくいかない。失敗が多く、悩むことが多い」という声を受けて、私は次のような提案をしました。
「失敗して苦しんだり悩んだりする経験をたくさんした人は、その分誰よりも苦しんでいる人の気持ちを分かってあげられるし、寄り添うことができるはず」

私自身がそうなのですが、何かを学び、知識や技量を身に着けるとついついそれを理解できない人を正論で正そうとしてしまいがちです。
自分をもう一度初心に還らせる意味でもこのような話をしました。これを印象に残った内容として書いてくれている生徒も結構いました。

レポートのなかに、フローやイラストまで丁寧に加えてくれているものを目にするとついつい嬉しくなってしまうものです。

でも、そんななかで、お世辞にもキレイとは言えない読みにくい文字で素っ気なく「サイエンスの分野で成功するために今から勉強して志望校に合格し、誰も見たことのない世界を一番に見たいと思う」と書いてあるレポートを目にしたとき、「ああ、ちゃんと伝わったんだな」とあらためて実感できました。
これもスーパー文系で部活も半端にしかできなかった凡人が、地道に継続して得ることができた成果のひとつなのかもしれません。


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