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第三章 いろいろ考えさせられたティファナ滞在記

第18話 旅行三日目早朝、サンディエゴへ

11月5日土曜日、旅行三日目が始まった。あまり良く眠れないまま、早朝の6時起床。

この日の予定は次の通りだった。
1.午前中にアムトラックでサンディエゴへ
2.サンディエゴからブルーライントロリーに乗り換え、お昼ごろにはメキシコに入国
3.夕方前にサンディエゴに戻ってきて、レドナと合流
4.ラ・ホヤへ行って夕日を見ながらディナー

15分くらいで仕度してチェックアウトの為フロントへ向かい、チェックアウトの手続きをし、ついでにアムトラック駅の場所を尋ねるため、
"Which direction is Union Station? Is there the map or something?"
と、合っているのかも分からない状態でちょっと気取った感じでフロントの人に尋ねてみた訳だが、すぐそこだよとあっけなく返されてしまって勝手に格好悪い思いをしてしまった。

実際にホテルからユニオン駅までは目と鼻の先で、こんなほんのちょっと距離の為にタクシーを使ってしまった事に対して再び後悔の念が僕を襲った。

そんなこんなでユニオン駅へはアムトラック出発の1時間以上前に到着してしまったのだった。

早速発券機を探してクレジットカード経由で片道チケットを$25で購入してからは1時間時間を潰さなければならなくなってしまった。

ユニオン駅はメトロレールも走っている為なのかとにかくだだっ広く、ホームもいっぱいあって、どこがアムトラックの乗り場なのか良く分からなくて、こんなにも早く着いていたのに結局乗り遅れましたという事態は何としても避けたかったので、念のため窓口の人に聞いてみる事にした。

そうして窓口の人の説明を受けた訳だが、正確に聞き取れなかった癖に、お得意の分かった振りをしてしまい、「サンキュー」と偽りのお礼を言ってさっさと出てきてしまった。仕方なく、微かに聞き取れた数字の番号の付いたホームで待っている事にした。

どうやら僕の聞き取った数字は正しかったようで、正しいホームから7時20分に無事アムトラックに乗車することが出来た。

アムトラックは全米を走る旅客鉄道で、車社会のアメリカにとってはマイナーな交通機関と認識されているらしく、中には知らない人もいるとかいないとか。USAレイルパスという一定期間格安で乗り放題になるパスもあるらしく、いつかこのパスを使ってアメリカ一周をしてみたいと思っている。ただ、毎年赤字続きで廃止になる路線も年々増えてきているらしく、おまけに全路線廃止の議論も毎年されるくらいらしいので、早めに利用しておくべきなのかもしれない。
僕の乗ったアムトラックの席は120Vの電源や足置きやトレーなどもあり、列車内はとてもゆったりしていた。

アムトラックは西海岸沿いを南下し、車窓からはビーチでサーフィンを楽しむ人などが見受けられた。その光景はまさにカリフォルニアといった趣で、ここに来てようやくアメリカにいるという実感が沸いてきたのだった。

同時に、この太平洋を隔てたところに日本があると思うとちょっと日本が恋しくなった。日本ではこの時何が起こっているのかこの時の僕には全く知る由もなかった。

帰国後知った事なのだが、この頃、ソプラノ歌手でありミュージカル女優でもありタレントの本田美奈子さんが亡くなられたそうだ。僕は、自分へのあくなき挑戦を続ける彼女に大きな影響を受けた。日本人でもここまで英語が流暢になれるという指標を与えてくれたのも彼女かもしれない。彼女が志半ばで息絶えてしまった事は残念で仕方がないが、彼女の志は多くの人々の心の中に受け継がれたと思う。もちろん、僕の心の中にも。

第19話 メキシコ入国、ティファナ・レボルシオン通りにて

ロサンゼルスよりアムトラックに乗り、サンディエゴのサンタフェ駅で下車。
サンタフェ駅からメキシコ国境を目指すためには、サンディエゴトロリーに乗り換える必要がある。

サンディエゴトロリーは、サンディエゴ走を走る真っ赤な車体が印象的な路面電車で、東方面を走っているオレンジラインと北方面と南方面を走っている2系統のブルーラインの3系統がある。

メキシコ国境を目指す場合は南方面ブルーライントロリーに乗る必要があるのだが、ここでも列車の乗車方法など良く分からずにしばらく立ち往生してしまい、線路付近をうろうろしているとトロリーにクラクションを鳴らされ轢かれそうになったりもしたが、しばらく辺りを観察してやっと券売機を見つけ、チケットを購入してトロリーに乗り込む事が出来た。

車内は思いの他混んでおり、すぐには座れず、途中でやっと席が空いて座る事が出来たのだが、メキシカン家族と同席という形となり、ひどく僕がここに座っている事が場違いな気がしてしまった。

また、ここまで来るとさすがに日本人は珍しいのか、いろんな方向から視線を感じてしまった・・・

トロリーがメキシコ国境のサン・イシドロ駅に到着すると、トロリーを降りて人の流れに乗って国境を目指して歩いた。

メキシコ入国方法は実に簡単で、実際は、「どこが国境のゲートだろう?パスポートはどこで見せるんだ?入国審査をしているような建物が見当たらないんだけど・・・一体全体どうなっているのさ!?」と目を走らせているうちに、実は既に入国していた事に後で気づいた程、メキシコ入国は驚くほど簡単に出来てしまった。パスポートも見せる必要がないし入国審査の係りの人さえいない。あるのはメキシコ側に行く方向にのみ回転する回転ゲートのみ。こんなのもありなのかとびっくりしてしまった。

今日もサンディエゴの新たなホテルを予約していたので、当然この時も日本から持ち込んだ全荷物を背負っていた訳だが、さすがに、その荷物の重さに体が悲鳴を上げ始めていて、観光すると言ってもレボルシオン通りを往復するくらいが限界と思われた。

レボルシオン通りは観光客向けの通りというだけあって、通りを隔ててお店がびっしり並んでいて、ほとんどすべての店の店員さんが外で客引きをしていた。どこの店員さんも盛んに僕に声をかけてきていて、驚いた事にその店員さんの話した言語は100%日本語だった。何もメキシコ人が日本語をしゃべれるのがすごい訳ではなくて、僕が日本人だと100%見抜けるのがすごいと思った。正直びっくりした!僕は一重だし中国人や韓国人に見られてもおかしくないくらいだが、ここの通りの人の経験を持ってすればそれが一瞬で見抜けてしまうらしい。どの辺で判断しているのか僕には全く分からなかった。

まぁ、声をかけられたとは言っても大抵「こんにちは」や「田中さん」とかで、高度になってくると、「シャチョさんシャチョさん!(社長さん)」とか「ちょっとちょっと、貧乏?」等になり、何故か「スケベ?」と疑問系で聞かれたりもしたし、挙句の果てにはどこで覚えたのか「100%割引ね!」と声をかけられた事もあった。思わず、「それじゃ商売にならないだろう!」と突っ込みたくなったが、残念ながらこの時の僕には突っ込む勇気がなかったのだった・・・

僕のメキシコ滞在中は特に危険な状況には遭遇せず、メキシコ人はみんな陽気で、笑いを堪えきれず思わずにやけてしまう場面がいくつもあり、楽しい思い出しかないのだが、それはティファナのレボルシオン通りだけに限った話なのかもしれない。実際、アメリカとメキシコの経済格差は凄まじいらしく、アメリカへの不法入国を試みるメキシコ人が年間100万人以上いるらしい・・・それを受けてメキシコ政府は、国民に向けて不法入国するための方法を書いたガイドブックを公式に出版しているらしい。

そのガイドブックには、コミック形式でイラストを多用しながら米国・メキシコ国境の砂漠地帯を歩いて超えるのに、どのようにして脱水をさけるかなどの方法が記載されているとの事だ。当然、アメリカ側から非難されるのは目に見えているのだが、メキシコ政府側としては、このガイドブックはアメリカへの不法入国を国民に促す目的ではなく、毎年アメリカへ不法入国してしまう国民の死亡数を抑えるためにやむを得ない措置だとしている。真相は分からないが、世界にはこういった悲惨で限りなく悲しい現実があるという事を、僕等は知っておかなければならないと思う。

第20話 メキシコで出会った損と得、善と悪

レボルシオン通りも大分外れまで歩いてきて、何となく昨晩から何も食べてないという事に気付いた。そこで、せっかくメキシコまで来たのだからタコスでも食べていこうと思い、手頃なレストランを探し始めた。レストランでのチップの計算方法は頭では分かっていたが、この時点では、レストランでチップを払うという行為に踏み切るにまだ早いと思っていたので、チップが不要な屋台型のお店を中心に探した。結果的に、慎重にお店を探しすぎてしまったらしく、どうやらレボルシオン通りをほぼもう一往復してしまったらしい。

さすがにもう時間がヤバイと思い、店頭で調理が繰り広げられていてテイクアウト可能と思われたお店でメニューを見てみて、トルタススペシャルという料理を注文した。最初、店頭で腕を振るっているおばあちゃんに「トータススペシャル」と発音していたのだが、それだけでは伝わらず、結局ギブアップしてメニューを実際に指差して「これこれ」と伝えたところ、「あ~、トルタススペシャルね」みたいな感じでやっと注文する事が出来た。

このお店は、店の外からは一見してテイクアウト型の店に見えたのだが、どうやらただ店頭で調理をしているだけで、実は店の中にはしっかり席が用意されていて、結局そのまま店の中の席に案内されてしまった。もしかしたらテイクアウトも出来たのかもしれないが、それをお願いする勇気もなかった。

暫く、案内された席で座って待っていると、注文を取ってくれたおばあちゃんの孫と思われるウェイターやウェイトレスが店の中を行きかっていて、彼等から正式に注文を取ってもらうべきなのか判断に迷った。何で次々とこんな小さな事に悩んでしまうのだと自分が情けなくなりながらも、やはり店頭のおばあちゃんに確認しておくべきだったので意を決し、
"Do I have to order again?"
と聞いてみたところ、「その必要はないからそのまま座っていて」という返答が自然に返ってきた。

実際、何でもない日常的な会話に過ぎなかったのだが、僕にとっては質問内容がそのおばあちゃんに100%伝わったという感覚が味わえて、その事が嬉しくて仕方なかった。そのまま通り過ぎてしまいそうな事だが、英語に限らず言語を使ってのコミュニケーションをする上で、この感覚は凄まじく重要な事なのだと思う。この感覚が置き去りになってしまっている限り、母国語だったとしてもインタラクティブ(対話の)な会話というものはいつまで経っても出来ないだろう。

トルタススペシャルはメキシコ版ホットドッグで、ボリュームもあるしメキシコの味を良く知っている訳ではない僕にでも何となく本場を感じる事が出来た。僕の食べたトルタスは、コッペパンを硬くしたようなパンに肉やチーズなどのいろんな素材が所狭しと挟まれていて、味はと言えば、僕の浅い食知識からはスナック菓子のドンタコスの味くらいでしか表現が出来ないのが辛いところだ。

このお店ではトルタススペシャルをたった1セットしかオーダーしておらず、チップの計算をしてみると$1にも満たない事が分かり、ジャラジャラ小銭を置いていく事になりそうだった。こんな事でさえ事前に想定していなかった為に、小銭を置いて行くのは失礼に当たるのかもと勝手に考えてしまい、明らかに多かったが$1札をテーブルに置いてレジで会計をしてしまった。

すると、最初にオーダーを受け付けてくれたおばあちゃんが僕の置いたチップを見て、わざわざそのチップ分も考慮してお釣りを返してくれた!¢20ほどだったが、メキシコに来てこんな親切に出会えるとは思わなかった。

その後、店を出てアメリカに再入国する為、国境目指して歩みを進めたのだが、その道中、フルーツポンチ専門の屋台に立ち寄ってマンゴーのフルーツポンチを注文したところ、そこのおばあちゃんは明らかに故意におつりを¢20くらいちょろまかした。おつりの返し方が明らかにおかしくて、¢25を2枚返せば良いだけの場面なのに、何故だかジャラジャラ小銭を数えている振りをして適当に僕に渡した。

損と得という大げさな話ではないのだが、結果的には痛み分けという結果となり、僕にとっては、メキシコ人に対して良くも悪くも日本人と変わらぬ人間らしさを感じた思い出深い出来事となった。

第21話 この列は一体何なのさ??

その後、アメリカへ再入国する為に入国ゲートを探していたところ、何やら人がいっぱい並んでいて賑やかな通りに行きついた。これは何の列だろうとその好奇心から列の先まで行ってみる事にした訳だが、歩いても歩いてもなかなか先にあるものが見えず、さらに列の先に進むにつれて、「一体何なのさ、この列は!?物凄く有名なアーティストのコンサートでもこの先で待ち受けているのかな?こんな国境近くで?まさかねぇ・・・とするとやっぱあれなのか?」と思いつつもかなり歩いてきてしまい、この列を最後尾まで引き返すなんて考えたくなくなっていた。

やがて列の先頭まで行き着き、その先にあるものを実際に確認すると、それが何の列だったのかという事が決定的になった。そう、この列というのはアメリカへの入国審査を受ける為の列だったのだ。

これから来た道を引き返すだなんてとても信じられなくて、暫くその場に立ち竦んでいたのだが、そんな事をしていても入国審査は受けられないので、仕方がなく列の最後尾目指して歩き始めた。途中、どこか適当なところで横入りしたいという衝動にかられる場面が何度かあったが、日本人はこういう事をするのかと周りの人たちに思われるのが嫌だったので、心の中でブツブツ不満をぶちまけながらも最後尾まで歩いて戻った。

日本人は誰でも、外国に行ったら日本人の代表と思い、恥ずかしくない行動を取るべきだと僕は思っている。他国の日本に対する声というのはなかなか日本まで届いてこないと思うし、実際に僕等が聞く耳を持っているのかも疑問だ。だから、知らないところで陰口を叩かれないように、外国での滞在中も日本人として恥ずかしくない行動を心がけるべきだと思う。

因みに、最後尾はさっきよりさらにパワーアップしていて、列に並び始めて暫く経つのだが、未だに全くゴールが見えず、後どのくらいかかるのか全く予測不能だった。それだけに、午後に会う予定のレドナとの待ち合わせに影響が出る事は必至で、この予想外の出来事にかなりハラハラしだした。結局、メキシコの強い日差しの中、肌身離さず全荷物抱えながら列に並んでゆっくり進み、1時間以上やっと入国審査のゲートまで辿り着けた。

入国審査員はアジア系の顔つきの人で何とも言えない親近感があったが、突然、容赦ない英語がカウンターパンチ気味に飛びこんできたのでびっくりしてしまった。まるで握手をしようと差し出した手を突然弾かれた面持ちでいたが、審査員からの容赦ない質問は尚も続いた。「何か買ったか?」という質問に対して、「買ったけど、買ったものは全部僕の腹の中にある」と返してみたかったが、結局、難しくて言えなくて、もどかしい思いをしたのを良く覚えている。

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