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診断書に惑わされるな。子どもとの向き合い方

 よくある悩みの一つだが、診断名がついてないのになぜか他人と比べるとおかしいところがある。自閉症の診断を受けたけどどちらかといえばADHDぽい。学習障害の診断はおりてないし、日本語における語学のIQはめちゃくちゃ高いのに英語になるとアルファベットでさえも認識することが難しい。
 など、診断名がおりてないこと。診断と違うところに躓きがあることに対して悩みを抱いていたり、支援者側は特に『どうして、この診断なのにこれができないんだ』と頭を抱える支援者も少なくない。
 でもこれは、よくある典型だが、診断書に惑わされすぎて本来の自分や支援するべき子供が見えてないのだ。
 
 例えば、もしもあなたが今風邪をひいてたとしたらどうするだろう。真っ先に解熱剤を飲むだろうか。いや違うはずだ。あなたは自分の今の症状が頭痛なのか発熱なのかそれとも咳や喉の痛み、鼻水なのかによって薬を変えるはずだ。
 それと同じで、たとえ診断が自閉症でも様々な子供がいるのだ。今の世の中、児童福祉法が改正され発達障害を持った子供の認知度が高まり巷では、彼らを理解するためのセミナーや講座、参考書などが多く出回っている。そういった情報は確かに全く効果がないとは言えない。
 しかし、そもそもお発達障害の認知度が高まり始めたのは、児童福祉法改正の2004年以降の話のことで、20年近く経ってはいるがつい最近の話のことなのだ。実際私は今年で23歳になるが発達障害ということを理解しているであろう人は同級生はおろか教師の中にでさえもいなかったのだ。
 私は、当時音にすごく敏感で雷の音や避難訓練のサイレンなどに対してとてつもない恐怖感を持っていた。一つの実体験として、小1の頃の話をしよう。
 当時、大好きだった給食の時に雷がずっと鳴っていて、みんな雷に興味津々ですごく叫んでいる同級生もいたくらいだ。そこで私は雷の音の恐怖と周りの声の音のせいで気分が悪くなって食欲がなくなってしまったのだ。それでも当時の担任教師は私に「雷なんて怖くないから早く食べなさい」と急かしてきた。そこで食うしかなかった私は最終的に嘔吐してしまったのだ。
 時が経って、今では雷の音については正直あまり好きではないしたまにドキッとすることもあるがそこまでの拒絶反応を示すことは無くなった。それでもあの頃の思い出は今も尚たまに思い出してしまう。
 しかし、これは教師が100%悪いということを言いたいのではない。残念なことに私たちが10代の頃というのはそれだけ発達障害に関する知識が乏しすぎたのだ。
 
 その当時の発達障害の子供と家族のことを書いたもので秋田文庫出版の『光とともに』という著者が戸部けいこ氏の作品がある。これは、光という重度の自閉症を抱えて生まれてきた男の子を育てていく過程の話が書かれた漫画である。そこで描かれているのは光という少年が自閉症で普通のことが普通にできないということを自閉症について理解できてない。そもそも知らない大人たちに最初は「何もできない子」「しつけができてない」「孫として恥ずかしい」と近所の人や父方のおばあちゃんにまで言われてしまう始末でした。それでも母親の幸子は必死に行政や施設を駆け回って、自閉症について詳しく調べた。そして最初は仕事ばかりで家のことを後回しにしがちだった父親の雅人も自閉症について本やインターネットで片っ端から調べて夫婦2人で光を支えながら子育てしていくのだ。それでも本に載ってることとは全く異なり予想外の動きをする光だが少しずつ理由を掴み、そして近所の人たちにも隠すのではなく理解を広めてもらい、学校や施設、地域住民で光という1人の少年を支えていくという物語だ。そしてその地域住民に理解してもらえるように自閉症についてや光について話をしている夫婦の2人はどこの医療従事者や発達障害における世界的権威を持った専門家よりも詳しく援助の方法論も確立していた。
 
 しかし、この漫画と出会って、かれこれ10年くらいの月日が経ち、看護で発達看護を学び、発達障害専門の塾で働いていて、自分自身で塾を立ち上げていろんな生徒を見てきた今、もう一度見返してみると、主人公の光はまさに典型的な自閉症ではあるが、ずっと同じ場所にいられないことや衝動的に行動してしまう点などを鑑みると実は自閉症だけでなくADHDの気質もあるのだろうなあと思う。
 そのように診断がついていたとしてもその障害だけがその人を苦しめているわけではない。実際に、障害だけでなくもしあなたが病気にかかった時本当にその診断がついた病魔だけがあなたを苦しめているのかといえばそうではないはずだ。新型コロナウイルスにかかった時、咳や喉の痛み、発熱に苦しんだだろう。でもそれだけでなかったはずだ。咳のせいで睡眠ができず疲労が溜まってしまったり、口呼吸になってしまい乾燥してしまったり、身体のだるさから復帰後もなかなか動けなかったりなど合併する症状は様々ある。それと同じなのだ。
だから、診断名だけを見て判断するのではなくその子を総合的に見てどこに躓きがあるのか。でも人を1人で総合的に多方面から観察して理解するなんて到底無理な話だ。
 なぜなら、人はたとえ発達障害を持っていたとしても場に応じて人格を変えるからだ。実際にあなたも家族の前にいる自分と友達の前にいる自分と職場の同期や上司の前にいる自分、好きな人の前の自分、キャバ嬢やホストの前にいる自分、風俗嬢の前にいる自分全て違うはずだ。そのように発達障害の子も同じで支援者と一緒の時と家族の前の時、学校で全然違う。
 だから、支援者は自分はスペシャリストなのだからと独りよがりにならずに学校や家族、地域住民や行政との密な連携が必要だ。

 そして今のZ世代でそういった支援を立ち上げようと考えている学生や若者は密にネット上などでつながり、情報交換を行いながら自分の役割を明確化し、多角面で人を見ることができる視野で子供達を見ていこうとしている。それでも、子供よりも参考書や診断書になってしまうこともある。実際、我々は医者ではないから診断を下すことはできない。もどかしいだろう。それでも診断を下すことに必死にならずその人自身を見て適切な援助をしていこうではないか。
 
※今回、引用させていただいた『光とともに』は、Amazonでも買えるのでもし気になった人は下記にリンクを貼っておくので是非、手に取ってみてほしい。

https://www.amazon.co.jp/光とともに…-全15巻セット-戸部けいこ/dp/4253901220?source=ps-sl-shoppingads-lpcontext&ref_=fplfs&psc=1&smid=AN1VRQENFRJN5

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