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「チャオ!」はヴェネツィア方言なんです

チャオ!って何語?

「ciao!」チャオ!は、それがイタリア語であることを知らない人の間にも、今では世界中に浸透しています。
この、どこの国の人からも発音されやすい気軽な挨拶言葉は、もとはと言えばヴェネツィア語で、「sono vostro schiavo」(私は貴方のしもべですの意)の「s-ciao」が、ciaoと変化したものです。

「schiavo」は、奴隷とか家来の意味ですが、といってヴェネツィアの奴隷からご主人様に発せられた言葉ではもちろんなく、華やかな商業都市であるヴェネツィアのサービス精神を象徴していた言葉なのです。
つまり、「どうぞなんなりと御要望をおっしゃって下さい。私共は、お客様のあらゆるニーズを満たすだけのノウハウを自負しております」という丁重に歓待する態度の表明です。

この「ciao」の例でもそうですが、イタリア語の「chi=キ」を、ヴェネツィア弁ではしばしば「チ」と発音します。例えば「vecchio=ヴェッキオ(=古い)」が、「vecio=ヴェチョ」になったりします。また、日本語の促音(小さいツで表す、「待って」や「ちょっと」)に当たる、重なる音を発音しないのも特徴です。

地区の表示板

写真の、この街で見かける地区の表示板(nizioleto=ニショエト)にも、方言が使われています。教区を意味する「parrocchia」は、ヴェネツィア弁で「parochia」と書かれています。
「doge=ドージェ、総督の意」は、「ドーゼ」、「z」の発音、例えば「veneziano=ヴェネツィアーノ、ヴェネツィア人の意」は「venesian=ヴェネッシアン」と、「s」の発音になり、「s」は、一つしかないにもかかわらず、「ss」の促音の発音になる場合があります。

数キロメートル離れるだけで言葉が違う


ヴェネツィアの広場

そしてヴェネツィア方言といっても、ヴェネツィア本島と本土のメストレでは、また多少違いますし、周辺の島々にはそれぞれ特徴ある言い方やイントネーションが存在していて、現在でも狭い地域毎に残る言い回しは、それぞれのアイデンティティーの表現でもあります。

聖人や、普通の名前でよくある、アンジェロは、アンゾロ。ジュリアーニはズリアーニ。ジャンニは、ザニ、と変化します。
ヴェネツィアで最も貴重な教会の一つ「聖ジョヴァンニ エ パオロ教会」も、「サンザニポロ」となり、中心の地区であるサン・ポーロも、サン・パオロのヴェネツィア方言です。

ジュリアーニがズリアーニなんて、いかにも方言というようなローカルな響きがありますが、かつてはヴェネツィア共和国のれっきとした公用語で、世界中から集まる外国人が、ヴェネツィア語を習得していたのです。当然、地区の表示板(nizioleto=ニショエト)にもヴェネツィア語が使われていたわけです。

言葉というものは「生もの」で、常に時代によって流動しています。方言は、小さな共同体で使われるものだけに、さらに簡単に消えて行く運命にあります。
今の五十代のヴェネツィア人が話すヴェネツィア弁と、二十代のそれとでも違いが顕著にあり、今の七十代以上の人々が使いこなす、おっとりとした美しいヴェネツィア弁も風前の灯火の状態です。

インターネットのこの時代、ヴェネツィア弁に限らず、地域の方言が「イタリア語化」してしまうのも仕方のないことかも知れません。が、一番「移ろいやすい文化」としての認識を持たないと、あっという間に消滅してしまう性質のものでもあります。イタリアの面白さである郷土色のシンボルとしての方言は、地方の料理や歴史と同じ豊かな財産です。


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