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JR東日本「ウェルカムバック採用」導入ー戻れる仕組みより、戻りたい企業かどうか【アルムナイ】

JR東日本が「ウェルカムバック採用」の実施を発表

1/18、JR東日本のプレスリリースにて、「ウェルカムバック採用の開始について」という発表がありました。

概要としては、自己都合退職をした社員の復職制度ということで、
近年注目されているアルムナイ制度を鉄道会社でも導入するという発表でした。
※参考:My Refer社の記事

JR東日本のプレスリリース記事
https://www.jreast.co.jp/press/2022/20230118_ho02.pdf
https://www.jreast.co.jp/press/

新卒一括入社が現在でも主流になっている鉄道会社において、こうした柔軟な人事配置を開始することを大々的に発表したのには驚きましたが、新卒採用競争の激化やコロナ禍による収入減少を起点とした社員の離職といった問題は想像よりも深刻なのかもしれません。

この制度が導入に至った背景までは分かりませんが、
一つ考えられるとすれば総合職社員などの優秀層や技術職社員など専門的かつ育成に長期間を要する社員層の離脱に対する苦肉の策であるという印象を受けます。
というのも、JR東日本は昨年9月に鉄道事業に従事する社員を4000人削減すると発表していたからです。

社員4000人を削減を狙う生き残り戦略とのズレ

記事を素直に読むならば、コロナ禍における鉄道事業の収益の悪化は深刻で、鉄道運行に関わる高い固定費の一因となっている人件費削減は喫緊の課題となっています。そのためにワンマン運転や駅の無人化や窓口削減を急ピッチで進め、現在運輸事業に関わる社員を将来的には4000人削減をしていくという狙いです。

そうした発表からわずか4ヶ月後に、自己都合退職者の復職を制度化するというのは、一体どういうことでしょうか。自己都合退職がJR東日本にとって意図せぬ出来事であるとしても、結果的に社員数削減に繋がっているのであれば、特に問題はないのでは?とも考えてしまいますが、実際に鉄道会社に身を置いていた人間からすれば、ここの受け止め方は少し異なります。

削減したい4000人≠手放してはいけなかった社員

身も蓋もない表現ですが、おそらくJR東日本にとっては「削減をしたい4000人」と「復職してほしい元社員」に大きな齟齬があるのだと考えています。

運輸業務をメインに行なっていた社員に対しては、非鉄道事業での収益を得るために多能化を目指し、そこに着いてこれない社員については削減を狙っていく。
運輸収入の頭打ちが見えて来ればこうした施策を打ち出すのは至極当然ですが、おそらくその過程で「辞められては困る社員」が多く離脱してしまった、というのがリアルな懐事情ではないでしょうか。

JR東日本ほどの超巨大組織になれば、部署間の仕事の割り振りや、関係性について理解するだけでも非常に労力がかかります。だからこそ、総合職社員は複数の職場を転々とし、幅広く顔を売って回っていたわけです。
ですが、コロナ禍に陥って業績が悪化した今、こうした旧来の大企業でのゼネラリスト志向に対する不安感は大きくなる一方です。専門性が身につかないまま様々な職場を転々とし、社内調整業務の力を磨いていくー。一社で勤め上げるという価値観が当たり前だった時代ならいざ知らず、JR東日本という巨大インフラでさえ感染症の流行といった外的要因で経営基盤が揺らぐ様を目の当たりにしてしまっているのです。就職活動を行なっている学生の意向としても、選社軸には「今後社会を生き抜く実力を身につけられるか」「リモートワークなど、自らの生活とのリズムを取りやすいか」といった観点が大きな割合を占めています。

「この会社に入社したらこれだけのメリットがある」ー
新卒の学生にこのメリットを提示できない企業は一気に採用力を失い、
採用のボーダーを下げるなど苦肉の策を取らざるを得ない状況に追い込まれます。

交通という社会インフラを担う企業であるが故に、決められたことを決められた通りに実施することが求められる環境(誰かが自分だけ足並みを揃えないことは危険に繋がりかねない)であったり、原則出社せざるを得ない(リモートワークへの移行が進めづらい)という環境は、コロナ禍でリモート環境が定着した今、かなり逆境に立たされているといっても良いでしょう。

JR東日本の現在の採用訴求力については知る由もありませんが、このタイミングでの復職制度の提示というのは、現在の市場での人材獲得における社内の深刻な課題感を感じさせます。

そもそもなぜ、自己都合退職をした社員が復職をするのか

今回のプレスリリースへの単純な感想として、そもそも自己都合退職した元社員が復職をするメリットとは?という疑問があります。

私の現在の職場では、比較的アルムナイ採用が盛んであり、出戻り組も「おかえりなさい」と受け入れる空気感があります。それは、そもそも経営陣の姿勢として、退職者を「卒業生」として捉え、今後ビジネスの繋がりを運んできてくれる可能性であったり、自社のことを誰よりも理解してくれているパートナーとして位置付けている文化によるところが大きいと思います。

そういったアルムナイがうまく実施できている組織の特徴としては以下が当てはまると考えています。

①待遇面は他社に劣るが、職場環境が良好(人間関係・リモートなどの働き方)
②人材の流動性が高く、他社で得た知見を還元できる環境
③年功序列ではなく、実力主義

まず①ですが、退職したけど「戻ってきたい」と思う一番の理由は何かと考えれば、「待遇を上げたくて転職をしたが、待遇以上に大切にしていた価値観に気づいた」というのが多いのではないでしょうか。そもそも退職している以上、何かしら要因はあるはず、というのが大前提です。転職活動にはそれなりに負荷もかかる上でそれでもなお転職を選んだ元社員に「また元の環境で働きたい(待遇面以外については満足度が高い=元の環境では自分が大切にしている価値観が実現できる)」と思ってもらっている状態で送り出すことができる会社でない限り、復職という選択肢は上がってこないでしょう。

次に②ですが、そもそも出入りを受容する組織風土であるということが重要と考えています。やはり新卒入社の社員が大半を占める組織風土では、会社独自の風土が完全に根付いており、外部から入社する社員は外様の扱いを受けることは珍しくありません。待遇アップやスキルアップを目指し自己都合退職を選んだが、外部で経験を積んだ結果、元いた良好な環境でその力を発揮できる、という前提がなければ復職という選択肢へのハードルは高いように感じます。

最後に③ですが、鉄道会社が復職制度を実現する上での一番のハードルとも言えます。そもそも年功序列型の賃金制度である会社が多いと思われますが、その場合外部で知見を得た社員をどう扱うのか、ということは非常に繊細な問題です。

・元々より待遇が下がる→転職に失敗して転職先でやっていけない社員以外復職する理由がない
・元々と同待遇→待遇を落として離職した社員で現職の待遇に不満がある社員以外は復職する理由がない
・元々よりも高待遇→○年在職しなければ試験を受けられないなどといった既存の制度との整合性が難しい(外部で実力を付けた方が社内で順番待ちをするよりも早い)

復職した社員を、身につけた能力によって適切に判断し能力を還元してもらう、というのは社員のエンゲージメントがかなり高い企業でしか起こり得ないことですし、その実現のためにはある程度実力が評価に反映される人事制度であることは必要不可欠と感じます。硬直化した人事制度に嫌気が差し退職を選んでいる社員に対し、そこにメスを入れることをせずして戻ってきてほしいというのは現実的ではありません。施策を打つ側はもしかしたら「なんでこんな良い待遇の会社を辞めるんだろう、戻って来れば良いのに」と感じているのかもしれません。そう感じているのは狭い世界での椅子取りゲームの勝者だけ、という構図でなければ良いのですが。

制度の前に、戻りたい会社であるかどうか

さて、今回JR東日本が発表したウェルカムバック採用に関して感じたことを書いてきましたが、結局のところ一番の肝は「退職者がまた働きたい企業でいられるかどうか」だと感じています。人員削減の施策を発表する一方で復職を募るというのは、そもそもの方向性への不安を感じる方も多いでしょうし、そもそも人員削減を目指しているから社員が離職していく(=会社の将来に希望的観測を抱けない社員の増加)という現実に直視することなしに制度を整えても、訴求効果は大きくないでしょう。

今回の新卒への手当支給と共に発表するという姿勢を見ていても、「あの時は色々と働き方や待遇面で不満を持たせてしまったかもしれないが、今はこんな魅力的な組織に変わったからまた一緒に働こう、あなたのスキルを還元してほしい」と胸を張って言える組織にはまだまだ遠いのではないか?と思います。離職理由に向き合い、自社に戻ってきてもらうための魅力づくりに励むことなしに、人が採れないから勝手知ったるかつての社員に戻ってきてもらおう、という姿勢では、「万が一失敗しても戻って来れるなら挑戦してみよう」と潜在的な転職検討層の更なる離職を促すきっかけになるだけでは?と感じるのは私だけでしょうか。

「戻ってこれる場所」としての魅力的な組織づくり、というのは今後人材の流動性がさらに高まっていく中で必須の観点になるのかも、と感じたニュースでした。

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