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1番目アタール、アタール・プリジオス

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自作の小説をまとめています。連載中です。 天才占星天文学者を名乗る不思議な『水晶玉』アタール・プリジオスとその弟子たちを巡る物語です。 月3〜4話くらいを目安に書いていきます。
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#小説

1番目アタール、アタール・プリジオス(1)  水晶玉

1番目アタール、アタール・プリジオス(1) 水晶玉

 *

星が輝く夜。

天を見上げた占い師は、首を傾げていた。
「アタール様、どうかされましたか?」
腕組みしたまま、まんじりとも動かないでいる老師に、弟子のレミールは尋ねる。
「分からんのだ…」
「何がです?」
「星が読めなくなってしもうたのだ。わしはもう占い師の天命を使い果たしてしもうたのかもしれん」
「本当ですか? なんと…」
レミールは残念そうに吐息する。

「よって、じゃ。レミール、そな

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1番目アタール、アタール・プリジオス(2)  幽体

1番目アタール、アタール・プリジオス(2) 幽体

 *

「本当の姿?」

人語を話す『水晶玉』は、得意げにきらきらと虹色に輝いた。

そうだ。
この姿は、私が人の姿を棄てるときに選びしもの。

「人間の姿に、戻れるの?」

むろん、肉体は滅びておるから『幽体』となるがな。

「おばけじゃん!」

言い方に気をつけよ。

水晶玉は少し怒ったようだった。
夜闇のように暗くなった水晶玉に、レミールは恐る恐る触れる。
すると、今度は思い切りビカーッと強

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1番目アタール、アタール・プリジオス(3) 逃亡者

1番目アタール、アタール・プリジオス(3) 逃亡者

 *

夜明けが近い…。

急がねばならない、とレミールは思った。
身一つで逃げ出したかったが、そばにまとわりつく『幽体』が口うるさく「巻物を忘れるな!」と叫ぶので、仕方なくその巻物だけは持ってきた。

東の空が白んできた。

まだ暗い西の空には月が遠く浮かぶ。

冷たい北風が頬を切るのを感じた。

「レミエラス。お前はあの男に“東へ行く”と言っておったな」

「ああ、そうだよ。天才先生、何か問題

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1番目アタール、アタール・プリジオス(4)僧侶

1番目アタール、アタール・プリジオス(4)僧侶

 *

レミールは目を見開く。

蒼い、聖なる瞳の色の美女…。

こんな辺鄙な寺に何故いる?

「……レミールさん? 私に何か御用でしょうか?」

「あ、いや…ちょっと追われてまして。匿ってもらいたいんですけど」

レミールの言葉に僧侶はかすかに首を傾げて、彼を上から下までじろじろ舐めるように眺めてから言った。

「私にですか? それともこの寺院に?」

「は?」

「どちらに匿ってもらいたいので

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1番目アタール、アタール・プリジオス(5)体温

1番目アタール、アタール・プリジオス(5)体温

 *

「その特殊眼、生まれつきか?」

「そうだよ」

博士の問いに、レミールは頷いた。
目蓋を伏したほんのわずかな眼差しからも、仄青い光が滲み出ていた。

彼はうっすらと自嘲気味に笑う。

「何の役にも立たないうえ、一族破滅させちゃったけどね…」

「お前を破滅させようとした一族など、破滅すればいいだろう」

アタール・プリジオスは表情を変えぬまま、強い語気で言う。

そして、隣りの美しき僧侶

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1番目アタール、アタール・プリジオス(6)暗い部屋

1番目アタール、アタール・プリジオス(6)暗い部屋

 *

締め切られたカーテン。

暗い部屋。

午前中は、ずっと部屋に閉じ込められていた。

朝食も運ばれてくる。
下僕の少年は外から鍵を開けて入ってくる。黙ったまま、ぎこちない手つきで配膳し、出ていくと、また鍵を閉めて廊下を歩き去る。

それをいつも1人で食べていた。

大概は、冷めていて不味かった。

生まれたときから、そうだったので、慣れるも何も無く、何も感じはしなかった。

学校に行くこと

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1番目アタール、アタール・プリジオス(7)200番目

1番目アタール、アタール・プリジオス(7)200番目

 *

日が昇った。

…部屋が明るさに包まれる。

レミールは机に向かって座っていたが、特に何かをしていたわけではない。『水晶玉』の姿に立ち戻った、アタール・プリジオスを無言で見つめていた。

アタールもまた沈黙し、眠っているかのように動かなかった。

朝の礼拝から部屋に戻ってきたファンダミーア・ガロは、少年の様子を窺いながら、ゆっくりと近寄る。

「…お帰りなさい」

レミールは、彼女のほうを

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1番目アタール、アタール・プリジオス(8)新しい人生

1番目アタール、アタール・プリジオス(8)新しい人生

 *

あの家の“鎖”を、

引きちぎって、出た、

あの日から。

たどり着いた、今日…。

…不思議な『水晶玉』と出会い、

アリエル・レミネ・オットーが、

新たに、生まれ落ちる…。

 

午後の日が差す。

彼は顎近くまで伸びていた自分の黒い髪を鏡を見ながら裁ち鋏でジョキジョキと雑に切り落とし、耳たぶくらいまでの長さにした。

「長さはこんなものかな…」

呟くと、僧侶にもらった『髪の毛

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1番目アタール、アタール・プリジオス(9)聖剣

1番目アタール、アタール・プリジオス(9)聖剣

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男の名は、パルム・ラビト。

口が利けないという、この大きな太った男の赤茶色の短髪は、アリエルの変えた髪色と似通う。僧侶ガロによると、年は恐らく27歳であろうという。
まだ若いものの、喋れないという障害から、世間から見放されてこの寺院にたどり着いたらしい。

こんな茶目っ気のある愛らしい人なのに、だれにも相手にされなくなってしまったのだ。

どんなにか、落ち込んだことだろう。

その謎の高

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1番目アタール、アタール・プリジオス(10)真実の姿

1番目アタール、アタール・プリジオス(10)真実の姿

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聖剣が、砕け散った?

呆然とする、『時空』の聖剣士と少年。
銀色の粉塵がキラキラと狭い室内を流動しながら舞う。

「『時空』が…」

聖剣の主が、思わず声をこぼす。

なぜ自ら砕けたのか? 

まるで自死だ、と彼女は思った。

「ガロさん…」

あまりのことに、アリエルもまた言葉を無くしていた。

「…大丈夫です」

何が大丈夫なのだろう。

自分でも分からぬまま、彼女は立ち上がって『時

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1番目アタール、アタール・プリジオス(11)誕生

1番目アタール、アタール・プリジオス(11)誕生

 *

神天星暦2934年10月9日。

その島は、閉ざされていた。

聖地に最も近い島とされ、島民たちもまた島を『聖域』という意識から島民以外の禁足地として、長い間、何者をも受け入れなかった。

そして、静かに滅びようとしていた。

「ミュー、おはよう」

「エクトラスさま…おはようございます」

「もうすぐだね」

男は女の大きな腹を愛おしそうに優しく撫でると、黒髪に栗色の瞳の整った顔に穏やか

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1番目アタール、アタール・プリジオス(12)バイモの花

1番目アタール、アタール・プリジオス(12)バイモの花

 *

「……俺の、両親…?」

彼は膜に顔を押し付けて、目を見開いて見る。

「ああ、そうだ…お前の父親、エクトラス・ブラグシャッド・アペルと、お前の母親ミューフィ・ルーサ・オルト・ホロヴィルだ」

アタール・プリジオスによると、自分たちは時空を超えて16年前の過去に飛んできたのだという。
3人はそれぞれ蛙の卵のような透明な“時の繭”に覆われ、その時代の者たちには、こちらの存在は無で、姿は見えず

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1番目アタール、アタール・プリジオス(13)嵐の日

1番目アタール、アタール・プリジオス(13)嵐の日

 *

求婚したばかりの女の前で…。

エクトラスは俯いたまま、しばらく下唇をぐっと噛み締めていた。

外界では灰色の空から雨が降り始め、神殿の窓を叩いた。風も強まる。

「…逃亡者。いったいどうして? 船が難破したからではなかったのですか?」

「確かに難破した。それは事故だ…僕はね、海中に投げ出された。僕と数名の船員は泳ぎの心得があったが、ほかの乗員たちは溺れて死んだ。
海の藻屑だ。僕は大波に

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1番目アタール、アタール・プリジオス(14)帰還

1番目アタール、アタール・プリジオス(14)帰還

 *

なんだ?

いったい、なんだ?

この…どうしようもない、烈しい「心の動き」は…。

なんだ?

“時の繭”の中で、彼は両膝と両手を柔らかなその底に着き、四つん這いになったまま動けなかった。

自分の両腕が、ガクガクと震えているのが分かる。

全身が震えているのだろう。

「アリエルさん? 大丈夫ですか?」

心配した僧侶が、自らの“時の繭”を移動させ、彼の“時の繭”に接して叫ぶ。

「…

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