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1番目アタール、アタール・プリジオス(7)200番目


 *


日が昇った。

…部屋が明るさに包まれる。

レミールは机に向かって座っていたが、特に何かをしていたわけではない。『水晶玉』の姿に立ち戻った、アタール・プリジオスを無言で見つめていた。

アタールもまた沈黙し、眠っているかのように動かなかった。

朝の礼拝から部屋に戻ってきたファンダミーア・ガロは、少年の様子を窺いながら、ゆっくりと近寄る。


「…お帰りなさい」


レミールは、彼女のほうを見ずに言った。


「お待たせいたしました」


「…ねえ、ガロさん」


『水晶玉』に目を落としたまま、彼は呟くように声をかける。


「なんで、ガロさんは…俺が《神王家》の人間だって分かったの?」


彼女は、蒼い瞳を2度瞬いてから答えた。


「私の場合は、オーラが見えます」


「オーラ…」


「べつに、レミールさんの外見や所作や言動をみて、分かったわけではありません」


「そうなんだ…」


「どうかしましたか?」


「いやさ。俺の目って、何のためにあるんだろうって考えてたんだ。何か特殊な力を持ってるわけでもなくて…こんな奇妙な目なのに、何の意味もないのかって」


「恐らく、まだ発現していないだけです。私がオーラを見えるようになったのも、18歳くらいでした」


「ふーん……俺のオーラって、どうなの?」


僧侶は、その問いに対し一歩後ろに下がり、畏まってひざまずいた。


「…不躾ながら、私の知る中でも特別に強いオーラです。崇高で力があります。色は白銀です。白銀は聖職者や聖なる血を受け継ぐ方に多いオーラです。ゆえに、貴方は聖職者にしてはお若いので、《神王家》の方ではないかと」


レミールは、ひざまずく彼女のほうをまだ見ぬまま、『水晶玉』に問いかけるように言った。


「へえ…でも、ガロさんが思うほど《神王家》は崇高なんかじゃないよ。『聖血』なんて、言ってるけどね。むしろ聖典のお伽話なんかを信じてる箱入りの幼稚な一族だ……そう思わない? 先生」


お前には、そう見えるのか?


「中にいたときは、気づかなかったけどね。外に出てきて…痛感したよ」


…確かに、幼稚な一族かもしれない。だがな、聖なる血は、存在する。



「なんだ。先生なら共感してくれると思ったのに、つまんないな。それは、なぜ?」


それは、お前の目だ。


「は?」


…その特殊眼こそ、聖なる血の証明だ。この世ならざる者が遺した稀なる血筋の痕跡。べつに『聖血』などと呼ばなくとも良いがな。



「レミールさん」

「はい、ガロさん」



今度は、ガロのほうを見る。
彼女は立ち上がり、寝台に腰を下ろした。


「私は、先ほど6本の聖剣のうちの1本『時空』の所持者であるとお伝えしましたが、私の聖剣士名はロエール・オットー。レッカスール神の愛弟子の御名を授かっております。今後、外で私の名をお呼びになるときは、オットーと呼んで下さい。この名ならば巷にも多くありますが、ガロですと、知る者もいますので」


「…オットーさん、でいいの?」


「ええ。…そして、レミールさん、貴方もその仮の名を変えるべきかと」


「ああ…そうだね。アタール継いだけど、元祖アタールはいるし、何か別の名が必要かな」



仮の名など、新たに作らなくて良い。



『水晶玉』が光った。

玉の中に、細かな星屑のような光の粒子がクルクルと煌めく。


「何故です?」


僧侶が不思議そうに、かつての師に訊ねた。



仮の名ではなく、新たな名を名乗れ。



「それは、つまり…」



「…改名しろって、こと?」



そうだ。



アタールは、はっきりと答える。


「で、なんかいい案があるわけ?」



ガロとお前は、道中は姉弟ということにして、姓はオットーで良かろう。名は…。


少し考え込む。


アリエル・レミネ・オットー。



…普段は、アリエル・オットーと名乗れ。どうだ?


「…それでいいけど、どうしてその名前なの?」


アリエルは、私の末息子の名だ。幼くして病で死んでしまったゆえ、その分、お前を生かそうと思ってな。


「そうなんだ……だけど、先生結婚して子どももいたんだね。ちょっと意外だな」



そのことについて、アタール・プリジオスは言及しなかった。弟子も、それ以上は何も聞かなかった。


「では、これからはレミールさんではなく、アリエルさんですね?」


「ガロさんも、姉さん、だね?」

「はい!」


蒼い目をキラリと閃かせて、彼女は頷く。


「私、末っ子でして、弟や妹が欲しくてたまらなかったのです。私などが『姉』とはまったくもって畏れ多いことですが、どうやらそのお役目をお許しいただけたようですね」


「べつに俺、そんな偉くないし…ところで、ガロさ…じゃなく、姉さんっていくつなの?」


年齢不詳の美女に、レミール・マジガ改め、アリエル・レミネ・オットーは訊ねる。


「え? ああ、あと半年で三十路を迎えます」


「…すると、俺は16だから13歳差か。それとも25歳くらいの設定にしておく?」


アリエルはくすっと笑う。
そこに、ちょうど雲間から日が覗き、彼の顔を照らす。


「…ああ、やはり貴方は天使です。美しい瞳の天使、でなければ、無邪気な少年神です」


朝陽に青白く光る不思議な目、まさに神の御業であると、彼女は思う。きっとこの御方をお護りすることが、聖剣の剣士たる己の使命なのだ、と感じる。



早速だが、アリエルよ。


「なに?」


巻物に、新たな名を記せ。



「また書くの?」



そうだ。
レミエラス・ブラグシャッド・アペルはもうこの世に存在しない。ここに書くのは、真実の名のみゆえ…。



「はいはい。書くよ、書けばいいんでしょ」



200番目アタール、

アリエル・レミネ・オットー。



彼はすらすらと若さに合わぬ練達した筆跡で、そう綴った。







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