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1番目アタール、アタール・プリジオス(6)暗い部屋


 *


締め切られたカーテン。

暗い部屋。

午前中は、ずっと部屋に閉じ込められていた。

朝食も運ばれてくる。
下僕の少年は外から鍵を開けて入ってくる。黙ったまま、ぎこちない手つきで配膳し、出ていくと、また鍵を閉めて廊下を歩き去る。

それをいつも1人で食べていた。

大概は、冷めていて不味かった。

生まれたときから、そうだったので、慣れるも何も無く、何も感じはしなかった。

学校に行くことも当然なく、友と呼べる相手もいなかった。

それが、自分の『旭光の蒼星眼』を持つ者の宿命なのだと思っていた。



だが、時折聞こえてくる…楽しそうに笑う人々の声が。

彼には何故か不快だった。




彼は滅多に笑わなかった。


午後からは、人々と交わって話すこともあったが、社交辞令ばかりの礼拝堂の壁の中より外に出ることはなく、なんの可笑しみもなく、彼は楽しいと感じたことはなかった。学問はほぼ雇っている一流の家庭教師によって身につけさせられたので、だれかと一緒に学ぶという場に居合わせたこともない。


両親のうち、母親は彼を産んでまもなく死んだ。父親も彼が幼いときに疫病に感染して死んだと聞いた。


年老いた、祖父母に育てられた。


祖父は日々忙しい人間で、晩餐のときに会うくらいで、あまり話もしない。
祖母は体が弱くほぼ寝たきりで、会うことや話すことはできたが、率先して彼の面倒をみてくれたりはできなかった。
彼は、執事たちに監視されながら、殆ど義務的に育てられた。


「レミエラス」


ある日、唐突に祖父に呼ばれた。


「はい」


「次の『贄の儀式』だが…アペル家が主宰する番ということは知っているか?」


「はい」


家督を、15歳になった彼に譲るという話なのだと思って聞いていた。


「お前には、現世で最上の名誉『贄人』の大役が授けられることに決まった」


「…え」


「喜ぶといい。わしも今までお前を育ててきた甲斐があったと喜んでおる。一族の総意だ。覆えされることはない」


「なんで…俺が」


「決まっておろう、お前は神に選ばれた尊い印を持って生まれた者。これ以上の、説明が必要か? 神の国で生きられるのだぞ。恐ろしいことなど何もない」


彼は、声さえ出なかった。


なんで、そんなことを言う?


よくもそんなことを、何でもないような普通の顔で、俺に言えるよな…。


何様なんだよ、お前。


何様。


お前さ…。


『贄』ってなんだか知ってんのかよ。



…神が喰らうもんだろう!

神の国で生きられる?

馬鹿にしてんのか?



てめえが、俺の代わりに神に喰われろよ。


犬死ねよ!




…目が覚めると、暗かった。

あの部屋を思い出す。

じっとりとした寝汗が、身体中にまとわりついて気持ちが悪かった。


レミールは何度も深呼吸を繰り返し、冷静になろうとした。


「目が覚めたのか」


言ったのは、彼の師匠だった。
アタール・プリジオスは『幽体』のまま、目覚めたレミールに穏やかに声をかけた。


「ああ…先生、か。今、夜なの?」

「そうだ」

「ガロさんは?」

「隣室で寝ている。この寺院には、ガロのほかには司祭が2人と使用人がいるだけで、部屋はたくさん余っておるからな」

「…ここ、昔は凄い大寺院だったの?」

「むろん。名前のとおり絢爛たる大寺院であったぞ」

「…ふーん」


「お前、夢にうなされておるのか?」

「ああ、時々ね…。ずっと見てたの?」


アタールは頷いて、窓辺に寄ると、カーテンの隙間から晴れた夜空を見上げた。

「占星天文学とは、星の動きを見て、世の中の動きを読む学問だ。天空の大いなる動向は、必ずこの世の何かに大なり小なりの影響を及ぼす。その学問を体系化し、真に極めた学者こそ、この天才アタール・プリジオスというわけだ」

「はは、また先生の自画自賛話が始まるの?」

「そうではない。占星天文学の話だ。世の中の動きを読むことの縮小活用として、1人の人間の運命を読み、その運命を変えることもできる、という話だ」

「…俺が、憐れだから?」

「べつにお前に限った話ではない。私は、この500年、197人の弟子の1人1人の運命にも関わってきた。良き方向に動くよう、導いてきたのだ。私の教えを実践して広めていくために、久遠の世にもこの教えが残るように、私は弟子たちの幸せにも心血を注いだ」

「みんな、幸せになれたの?」

「それぞれの感じ方もある。そう感じなかった者もおるやもしれぬ。でも、私は弟子たちを見捨てたことはない」


「そう…」



「レミールさん。信じて大丈夫ですよ、お師匠さまは真っ直ぐな方ですから」


扉のほうを振り返ると、僧服の女性が燭台を手に立っていた。


博士の目は夜空の瞬く星を離れ、ファンダミーア・ガロの美しい蒼い瞳を見返す。
彼女はうっすらと淡い笑みを口元に湛え、半身を起こしたレミールのすぐ横にやって来た。


「ガロさん…もう朝の礼拝ですか」


「はい。それより、少し緊急なお話です。どうやら明後日、この北方地域の司教さまがこの寺院にも巡察で参られるようなのです。なので、できれば今晩、遅くても明晩までにここをご出立されることをお勧めします」


レミールは何となく、師匠の顔を見る。

アタールはガロを見つめる。

彼女はにっこりと微笑む。


「もちろん。私も支度を進めております。聖剣『時空』を携えてお供するつもりです」


「ガロさん…も行くの? 聖剣?」


レミールは目を見開く。


「はい。私は神王猊下より聖剣の所持を許された6人のうちの1人なんですよ」



彼女は詳しくは礼拝の後でと告げ、恭しく彼に頭を下げると、灯火で暗闇を掻き分けながら静かに部屋を出て行った。








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