その蜘蛛は巣をつくらない

 私の部屋には小さな蜘蛛がいる。本やネットなどで調べてもいないので、名前も毒の有無も知らない。

 その存在に気付いたのは数週間前だが、今の所、私への害は無い。
 捕まえようと試みた事はあるが、高速で動くので諦めた。毎日その姿を確認している訳でも無いので、もう居ないのかもしれない。

 例え捕まえる事が出来たとしても、外に逃がすつもりだった。
 別に芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を期待している訳では無い。しかし害が無い以上、殺す必要も無い。
 人によってはその見た目が苦手という方もいるだろう。だが私にその感覚は無かった。

 その蜘蛛は巣をつくらない。いや、厳密に言えば発見していないだけで、あるのかも知れない。ただ、天井角などの分かりやすい場所には見つからない。
 何を食べ、どう生きているのか不明だが、幸いゴギブリなどの他生物は皆無なので、おそらくライバルはいないだろう。
 そんな想像をしていて、ふと思った。蜘蛛は蜘蛛の方で私をどう見ているのか、と。

 こうなると芥川龍之介から夏目漱石の「吾輩は猫である」に世界は飛ぶ。
 もちろん蜘蛛と猫では脳の大きさやその能力に差があり完全に別物だ。でも理屈一辺倒でモノを見るのはつまらない。どうせなら身の回りの事物を興味深く見つめたい。

 実は自分自身の記憶を深く辿ってみたものの、話の内容は知っていても、両作品いずれも本で読んではいない。学生時代の教科書にも載っていなかった筈だ。
 ひょっとしたら蜘蛛は文豪からの使いだったのかも知れない。そう想像する方がどうやら面白そうだ。

 梅雨を迎え、部屋に留まる時間が長くなる季節。
 これを機会に一度、本を読んでみようか。
 見上げると、空は今にも降り出しそうな顔をしていた。




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