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シニアに学ぶ『退職後の輝き方』第8回 青山 勇夫氏『諦めない「シニア・エンジニア」の支援』

この記事は、2012年~2017年にかけて当委員会で連載されたインタビュー企画である「シニアに学ぶ『退職後の輝き方』」を再掲載するものです。インタビュー対象者のご所属等については、掲載当時の肩書のままになっていますので、ご留意ください。

株式会社シニアテック 代表取締役
1950年生まれ 。 1969 年 オリエンタルコンクリート株式会社 入社、 1999 年退職。2000 年 株式会社 シニアテック設立。
インタビュー日: 201 4 年 1 月 15 日
聞 き 手: 山田拓也、 玄間千映子、 西村隆司

再掲載に当たって(委員会より)
 
シニアの土木技術者を派遣することや、ワーク・ライフ・バランスを考えた働き方を推奨することなどは、当時としては新しい考え方であったと思います。そのような先見の明を持つことが、青山さんが現時点でも活躍されている要因の一つではないかと思います。現場で求められる能力のボリュームとニーズを、供給者サイドで調整して提供する、まさに今の時代に合った考え方だと思います。自分の経験から大事なことを学び取ること、それを着実に現実に生かすこと、人と人との信頼関係をなによりも大切に考えること!輝き続けるためのヒントがたくさん見つかりました。
                         (2023/2/17 yama)

PC橋梁の技術者として

土木の道を選んだ背景とは?
 子供の頃、通学途中にあった火の見やぐらに憧れ、消防士になりたいと漠然と思っていました。しかし、それになるための道筋が分からなかったので思案していたところ、 友人から土木屋への誘いがありました。消防士と土木屋どちらも社会の役に立つ仕事、共通点があると決意しました。工業高校卒業後は、PC橋梁の現場一筋で歩んできました。

起業の決意

起業に至った転機とは?
 1992年42歳 の時、父親の介護の最中、自身も入院したことで長寿命化と高齢化社会の中でのエンジニアの位置づけをベッドの上で考えました。働く場があることは、人を明るくします。高齢化が進むとはいえ、先輩の技術者たちが“宝の山”であることには変わりはありません。10 年先の自分をイメージしたときに、この“宝の山”を社会で 活用できる仕組みが必要だと痛感し、退職して起業することを決意しました。当時ようやく世の中に派遣業というものが定着してきましたが、業務分野があくまで事務補助でした。その業務分野に技術者を充てることができないかとイメージしたのです。

軌道に乗せる為に役立った事は?
 新会社を立ち上げたものの、仕事はそう簡単に戴けるものではありません。来る日も来る日も、電話番をしていました。時間があったので男性モデルも 経験しました 。
 モデルの撮影という仕事は常に新しいスポンサーと撮影部隊でメンバーを組むことになるわけです。一つの組織の中にずっといて、組織の後ろ立てで 、同じ業界の人と会うのとは全く違う のですね。この経験によって、初対面の人に残る印象の大事さに気づきました。これは、今日、事業をしている中でも有効な経験だったと思います。自分で事業をしていますと、いろいろな業界の人と初めて会うという場面は少なくないのですが、その訓練になったと思います 。

シニア・エンジニアの活躍

事業概要と、シニア・エンジニアの活躍市場に伴うご意見を
 立ち上げた会社は基本、定年後のシニア・エンジニアを依頼現場に派遣するという派遣業を主としています。現在、派遣している技術者の年代は50歳代後半~60歳代後半の人が多いです。
 シニア世代は指示書やマニュアルを鵜呑みにするのではなく、相手の要望に応えるために使いこなすというスタンスに立つ人が多いと思います。また、仕事を「 やりがい 」にしており、技術力も落ちず、容易に諦めない姿勢を持っている人材が多いと思います。
 今日のように仕事量に波動のある時代には、一つの組織に様々な資格を保持した人を 一定以上抱えているということは、経営負担になりかねません。 その中、求められる能力のボリュームとニーズとを、供給者サイドでボリューム調整する弊社のような企業は今後益々必要になっていくと思います。

シニアの働き方の特徴は?
 私は、シニア世代は忙しいという印象があります。自分たちが定年になるころ、親の介護問題に直面するからです。その場合 、隔日勤務ができた方がいいとか、勤務形態にもいろいろな希望が出てきますが、派遣なら対応できます。
 また、派遣先に家族を呼び寄せ、派遣業務を短期滞在型旅行に仕立てる人もいます。ワーク・ライフ・バランスの実現のお手伝いってことですね。

課題と今後の姿は何ですか?
 最大の商品は、現場における「能力と経 験」です。能力と経験を保持しているのは「社員」となりますから、社員が一番大切です。社員との信頼関係を築くにはそれなりの体制があってこそで、弊社ではシニア・エンジニアをサポートする専門の社員を置くなどし、何か現象が生じる前段階に対策を打てるよう配慮しています。
 現在の雇用の仕組みは、働いて収入を一定以上得ると年金が減るなど、労働意欲を高めることに必ずしも合っているとはいえない法体制があります。 健康保険の加入の取り扱いについても、勤続時間数依存ということがあり、必ずしも働く側にメリットがあるとはいえず、法的整備の見直しも必要な点が幾つもあると感じています。
 今後は、喜ぶシニアをたくさんつくることが目標です。シニア・エンジニアは収入よりも 社会で必要とされていること、自分の経験が発揮できる場面を得ることに喜びを感じています。また、そういうシニアの働きぶりを見て、若い人が将来のライフスタイルとして描ける一つの絵としたいと考えています。

次世代へのメッセージ

現役時代に大切な事は何ですか?
 現役時代に必ず作っておくべき事は、信頼関係の厚みだと思います。再就職の場面で技術者が揃えておくべきものとして「資格」がありますが、それだけではなく、人と人との関係を築いていけるかがとても重要になってきます。また、色んなことを「学ぶ」という前向きな気持ちを持ち続けることができるかということも大切だと思います。」

引退なんて考えたことありますか?
今の仕事は70 歳ぐらいまで続けていきたいと考えており、以降については 今後考えていきたいと思います。 消防士への憧れはまだあり、今でも生まれかわったら消防士になりたいと思っています。(笑)
                         (文責:山田 拓也)

COLUMN
私と青山社長
 
 私と青山社長は、支店こそ違いましたが、技術職として同じ会社の社員でした。青山社長は『夢の実現の為』早期退職をして準備に入ったようでしたが、私は会社での思いを達成する為に別々の道を歩いていました。今思えば、会社を設立した直後に東京の私の所にPRに来た時『シニア技術者への思いを熱く話していた事』を思い出します。あの時は半信半疑で聞いて居ましたが、通常の派遣会社とは違うシニア技術者の 豊富な経験を生かして社会(建設業)の中で貢献できる環境を作った事に感動しています。

斎藤義雄 (株式会社シニアテック シニアプロデューサー)

インタビューを終えて(聞き手から)
 シニアの社会参加の仕組み的壁の一つに、日本では本人に蓄積される「経験」をそれが培われた組織文化と切り離し、市場性を持たせることが難しいという課題があります。そういう中、技術者派遣業という存在には、当人の「経験」にそれを培った組織文化を織り込んで市場価値として仕立て直すという物理的機能があり、「経験」に市場性をもたらすと感じました 。
 インタビューの終わりで、「退職後シニアが最初の乗り越える壁は、自分の居場所が社会にない事への自己喪失感との戦いだ」という言葉は、耳に残りました。

委員会からのメッセージ
 今回登場戴いた青山さんは、土木の現場で働いた経験を元に定年前に起業し、現在は自らの現場経験を活かし、経営者として定年退職後の技術者を土木の現場に派遣するという仕事をされています。
現在、かつての仲間や先輩と共に仕事をされておられますが、自分の人生の中心に「働く」を据えると、こんなバリエーションも生まれるのだという技術者の社会参加の形の一つとして、お届けします。


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