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Barは自由だ

 バーの本質とはなんだ。ジャズピアニストのBill Evansは、「ジャズを教えるなら、スタイルではなく本質を教えることだ。」と述べていた。この言葉を知って以来、バーの本質をずっと考えている。いわゆるオーセンティックバーと謳う(もしくはみなされる)バーもあれば、そうでないバーもある。その区別ってなんだ。内装なのか。バーテンダーさんの技術なのか。辞書的な意味ではオーセンティックとは「本物の、真の、正統的な」の意味がある。なにに対して本物なんだ。オーセンティックとはなんだ。バーの本質とはなんだ。

 バーの本質は「自由」である。それがぼくの(今の)考えだ。オーセンティックはあくまでスタイルのひとつだ。そう考えると、オーセンティックであるかどうかなんて、そもそもちっぽけなことだと思えてしまうくらい、バーとは懐の深い文化なはずだ。

 そう思ったからこそ、バーの世界の外側からやってきた。オーセンティックバーは好きだし憧れもある。でも、そのスタイルだけ真似ても、所詮は偽物のメッキはすぐ剥がれる。きっとオーセンティックとは、「自分たちが信じるものから目をそらさず向き合う」ことなのではないか。ならば、ウチの店は、Coffee, Cocktail, Chocolate, Cigar, Conversation,の5Cを組み合わせることが楽しい夜の時間になると信じている。だから、日々知識を増やし技術を磨き、組み合わせの探求を怠らずに5Cと向き合い、お客様と向き合う。それがウチのオーセンティックだ。きっと自分たちにとって嘘のないお店作りをしているお店が真の意味でオーセンティックバーなのであり、出される千差万別の解をすべて肯定してくれるのがバー文化だ。だからバーは自由でいいんだ。

 バーに行く人も、バーに行く理由も自由でいいはずだ。ステレオタイプなイメージでバーは、ウイスキーやカクテルを知ってないと入りずらい、のような内輪向きの場所とみられがちだ。あの重厚な扉に、自分が遮断されてる気がするとおっしゃったお客様もいた。確かに、バーの扉は街の雑踏をシャットアウトさせる意味もあり、外から見ると内向きな印象をもってしまうが、本来あの扉は街を行きかう人すべてに対してオープンに開かれている。扉を開けさえすれば、逆にその扉が外の世界から守ってくれる。それはつまり、あなたが自由になれる瞬間を意味する。

 月並みな表現だが、バーもカフェと一緒で、サードプレイスだ。家でも職場でもない、第3の場所として機能する。そこで過ごす時間や出会いが人生の幸福度を高めると言われるし、それは多分、事実だ。自分でゆっくりくつろぐためのカフェと、友だちとおしゃべりするためのカフェが違うように、バーもまた、あなた自身や、あなたのその時の状況に合うお店がきっとある。バーに馴染みがない人ほど、行きつけのカフェやカレー屋さんを探す感覚でバーの扉を開けてほしい。今は皮肉にもバーは不自由極まりないないけれど、自由に街に出れるようになったらぜひ。


 

 

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