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一つの感情で人は生きていない

『漁港口の映画館 シネマポスト』
現在上映作品はドイツ、フランス合作映画のアンドレアス・ドレーゼン監督作品『ミセス・クルナスvsジョージ・W・ブッシュ』
今週7日(金)までの公開となります。

謂れなき罪を着せられアメリカの重要犯罪人が収監されるというグアンタナモ収容所に送られてしまった息子を取り戻すために奮闘するトルコ系ドイツ人の母親の5年に及ぶ実話に基づくストーリーです。

この映画の面白さ、妙をこれからご覧になる方に向けて、詳細を語らずに軸だけお伝えするならば、もちろん主役のお母さんのキャラクターに拠る処は大きいのですが、やはり人間は四六時中、頭を抱えている訳ではなく、笑いもするし趣味にも触れたりします。そんな普通な感情表現がリアリズムだと気付かされる点、従来映画とは違う作り方に唸ります。

とかく完全型と不完全型というキャラクターを形づくる上で、作為的に感情移入させていく方法論があります。
いわゆる二枚目俳優、美形ヒロインは性格も所作も申し分なくヒロイズムを売るというタレントイメージ重視の踏襲型スタイルに対して、個性派性格俳優に位置づけられたタレントにはヒロイズムとは違う庶民的に仕立て上げるやり方です。

そのメソッドも結局、ステロタイプな方法論である事をこの映画では示唆しています。
実話ベースを最大限活かす方法論を採ることで演じる技術をもってして、まさに本人と化していく事に重きがある事が良く分かります。
ヒロイズムとも庶民的とも違う人間を描く上で、事実は小説よりも奇なりを目の当たりにされるのです。
例えば、いくら悩み事が尽きないと嘆きながら生きていても、美味しいご飯を食べれば美味しいと思うでしょうし、好きな音楽を聴けば良い音楽だと心和んでリズムを取ることもあると思います。
その観点を取り入れて普段のドラマを描けないのは凡そ尺の制限と、意図的に作り出す感情移入の邪魔になると考えられます。
悲しみに打ちひしがれた主人公は悲しみが解消されるまで笑顔を見せてはいけない。それが従来型のドラマツルギーにおける役割なのです。

ヨーロッパトーンのドラマスタイルも手伝っているのかもしれませんが、本作品のキャラクター作りの巧さは脚色なく人間がありのままに描かれている、しかも状況はシリアスにも関わらずに…です。
なるほど、これはベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞する作品だと感じ入ります。

ぜひご自身の目で凄さをお確かめいただければ幸いです。


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