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#13【忘れ得ぬ名文】4 秦基博「プール」

ほんとうは今日、最近見た映画『PERFECT DAYS』について書こうと思ったのですが、もう少し時間がかかりそうなので、また後日にします。

【忘れ得ぬ名文】とは?

言葉を読んだり書いたりすることが好きなくらたが、忘れられない名文を備忘録的にコレクションしていく記事です。

秦基博「プール」

秦基博さんといえば『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌「ひまわりの約束」(2014年)。「鋼と硝子でできた声」と称される美声が堪能できる名曲です。低音の力強さと芯のある美しい高音の幅がすごい。

でも今日書くのは、2007年にリリースされた「鱗(うろこ)」のカップリング曲だった「プール」です。わたしの秦基博作品体験のなかで、とりわけ印象的な作品。配信時代になった現在でもカップリングという概念はあるのでしょうか、当時シングルCDの多くは表題曲、カップリング曲、インストゥルメンタルという構成で1,200円くらいでした。

まず「鱗」と「プール」、絶妙な距離感の取り合わせが心憎い演出です。また、「鱗」の「君に今 会いたいんだ 会いに行くよ」と高らかに歌い上げる疾走感とは裏腹に、「プール」はしっとりゆっくり聞かせる落ち着いた曲調。イントロから晩夏の夕方の西日、プールの後の少しけだるい雰囲気を感じさせます。
くらたが大好きなのはこの曲の冒頭の歌詞です。

陽射しは 水の底まで 折れ曲がるようにして届いた
そこにまるで探していたものが あったかのようにね

水色のフィルターを通して 僕は世界を見ていた
揺らぐ視線のずっと先に 繰り返される悲しみも

秦基博『プール』(作詞/秦基博)

学生時代、夏のまぶしい日差しの中で入った屋外のプール。くらたは学校のプールはあまり好きではありませんでしたが(体育全般苦手)、陽光が反射する光とプール底の塗料の明るい水色とのグラデーションが一瞬もとどまることなくゆらめくようすや、水中で見たまっすぐ差し込む陽光の筋は、とても美しいものとして心に残っています。
これだけ字数をかけても表現しきれない美しい景色を、「陽射しは 水の底まで 折れ曲がるようにして届いた」という短い言葉で、聞いた人間の心に喚起する。さらに陽射しのそのようすを「そこにまるで探していたものが あったかのよう」と感じる感性もすごいし、喜びの感情(探していたものが見つかった喜び)を自然に歌に織り込んでいるのも巧みだし、「僕」がその喜びを感じていることもにおわせる。
この二行に込められた情報量たるや、『プレバト!』の俳句査定で夏井いつき先生がよくおっしゃる「言葉の経済効率」がすごい。感性と詩心がすごすぎないか、とくらたは思うのです。この感性で生きていてしんどくならないかと心配になります。

ここから先は完全に余談ですが、くらたの現在の職場は――あまり大きな声では言えないですが――鈍感であることが求められるし事実鈍感な人が多い(ようにくらたには見える)。特に上司に対してはおかしいと思ってもイエスマンであることが求められる……というか、大概の構成員は面従腹背ではなく「権力があるほうが常に正しい」と心の底から信じているようにくらたには見えます。
そのことを、前職の先輩に相談した時のこと。

くらた「鈍感な人じゃないと生きていけない職場なのかも……。でも、AとBどちらが美しいか、がわかったほうが絶対にいいじゃないですか」
先輩「そりゃそうだよ(即答)!鈍感なほうが強いのかもしれないけど、それじゃ感性が死んじゃう。」

か、感動……。「それじゃ感性が死んじゃう」という発言は「感性が死ぬ=よくないこと」が当然の前提になっているからこそ出てくるもの。

もしうっかりこんな話を職場の人にしようものなら、「AとBのどちらが美しいかというような、数字で示せないことは話題として取り扱うべきではない」とか、「感性が死んではいけない理由についてA3横1枚のパワポ資料で説明しろ」とか言ってくるのが容易に想像できる。「美しい」という単語を使った時点で「は?美しいって普段使わなくない?意味わかんない」という冷笑が返ってくるかもしれない。

だから、前職の先輩が当たり前みたいに「美しいものがわかったほうがいい」と断言してくれたことは、とても新鮮でうれしかったのでした。
確かに、繊細なばかりでは糊口をしのぐことはできないのはわたしにもわかります。でも、美しいものを美しいとわかる目を持ちたいと望むことは、冷笑されることではないはずだ。それに、冷笑は何も生まないとくらたは思う。少なくともわたしは生命力が減退するからしないでほしい(うちの職場の人が永遠の思春期にいるだけ?)。
映画『PERFECT DAYS』のパンフレットでも、冷笑的な要素を排したことの効用が書かれていました。セレンディピティ。早く感想書きたい。書きます。

話が大きくずれてしまいました。
とにかく秦基博の繊細な感性を堪能できる作品です。
季節外れではありますが、ぜひ。

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