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11月6日、夕方から急に雨が降ったその日、街にはおりたたみ傘のケース13個と、スマホが37台落とされた。スマホのうち20台は警察に届けられたが、おりたたみ傘のケースは一つも届けられなかった。 私はその日、照明が少し暗めのバーのカウンターに座り、一人飲んでいた。暗い店内では、誰もがしっとり静かに酒を飲む。人は無意識に空間に同調するものなのだ。 私はそこで「トルストイ」とか「ドストエフスキー」とかの、長いロシアの小説を読むのが好きだった。私にとって何処でどの小説を読むか
それはどう考えても金曜日にしか思えない木曜日だった。時々、こういう感覚になることはあるものだけれど、今日の金曜日感は尋常ではなかった。 朝出勤してすぐそう思ったが、時間とともにその感覚はどんどん強くなっていった。11時になって、私は部署の仲間内専用のグループチャットにメッセージを送った。 どうしたことか、おれには今日が金曜日に思えてならないんだ。朝から金曜日のような開放感がおれを包んでいる。逆に、明日も会社があるなんて、にわかに信じがたいんだ。 私のポエムへの反応
これよりみなさんには、新しいマラソンにチャレンジしていただきます。 普通のマラソンとはルールがだいぶ異なりますので、しっかりとお聞き下さい。 まず、このマラソンは他の人より先にゴールしても意味がありません。ですから走ってもいいし、歩いてもいい。もしくは動かないというのも一つの選択かもしれません。 また、ゴールに関する情報は一切与えられません。道すがら、ゴールについて教えてくれる人には沢山出会うかもしれません。しかし、他の人のゴールはあなたのゴールではないかもしれません
本当にダサい男だった。会社で初めて会った時、すぐにそう思った。髪はボサボサでズボンはシワシワ。どこで買ったの?っていうダサいシャツはヨレヨレで清潔感の微塵も感じられなかった。できれば関わりたくない、そう思った。 しかし運悪く、男とプロジェクトが同じになって、正直イヤだなぁと思ったけど、まあ、別に男と付き合うわけじゃないんだから、そう思っていた。 ところがある時、どうしたことか、その男の中にあった何か得体のしれないものが、スーっと私の中に入ってきた。ソレはしばらくする
「長い間座っています」 「長い間水を飲んでいません」 「長い間トイレに行っていません」 「長い間喋っていません」 「長い間笑っていません」 「長い間爪を切っていません」 「長い間髪を切っていません」 「今、あなたは愛想笑いをしました」 「今、あなたは後ろ向きの発言をしました」 「今のあなたのギャグは100点満点中 5点です」 「話の根拠が曖昧です」 「話が論理的ではありません」 「話が綺麗事です」 「話がループしています」 「言葉の使い方が間違っています」 「生返事です」
ある種の人々はずっとパンダをつくっていた。より可愛いパンダをつくりたい。彼らの目的はそれだけだった。 しかし、『パンダがいるところに人が集まる』。その現象に注目した人々がいた。そして、それは彼らにとってとても重要なことだったので、次第にパンダづくりを手段とする人々が増えていった。つまり、人を集めるためにパンダをつくり始めたのだ。 いつしか街には、パンダづくりを教えるスクールができた。 スクールには、そもそもパンダづくりにまったく興味がなかった人間までもが大量に押し寄
私の息子は変わっている。いや、実際4歳児なんてそんなものなのかもしれない。私だって初めて親になったのだ。統計的に4歳児がどうあるかなんてわからない。ただ、私は折にふれそう思った。そして、あれが起こった。 それは雨降りの土曜日だった。妻は用事で出かけ、私と息子は二人で留守番をしていた。前日息子と一緒に8時半には眠ったはずで、睡眠は十分足りているはずなのに、その日は眠くてしょうがなかった。 私は息子とのお絵かきをいったん中止して、コーヒーを入れることにした。 専用の
マイナス成長 吉田誠もその言葉にシンパシーを感じたひとりであった。 そんな便利な言葉があったのか。 吉田は心底そう思った。おそらくその時、吉田は生まれて初めて新聞に感謝した。実際吉田は鬱々とした気分で新聞をみて、偶然その言葉を目にしたにすぎないのだが。 けれど、すぐに不安がよぎる。……果たしてそんなにうまくいくだろうか? しかしもう他に道はないように思える。だったら一か八か、それにかけるまでだった。 二人暮らしの家に戻ったのは8時。彼女はソファーに座り、
店にはおよそ87人ほどの客がいて、素晴らしいことに9割の人間は酔っ払っていた。そしてみんなその口を実に巧みに使っているのである。つまるところ、口を使って酒を飲み、つまみも食って、さらに、なんとその口を使って喋っていた。 みんな、だいたい2〜10人くらいで飲みに来ているようで、仲間と大声で談笑していた。けれど実際のところ、グループの中では愉快になる人間がいる一方、不快になる人間もいるようだった。 8時だったか、9時だったか、突然、その男は現れた。つかつかと店に入って来
目の前で私を睨んでいる男は、明らかに私だ! どういうことだ? 私はひどく困惑している。私は今、どうやらリングの上にいるようで、頭にはヘッドギア、手にはグローブをはめている。そして目の前の男、すなわち私も私と同様ヘッドギアをつけ、グローブをはめている。 ウォーーーーーーーーー!!!! うなるような歓声。周りを見回してはっと息を呑んだ。 リングを囲んで声援をおくる。私、私、私。リングの周りには大勢の私がひしめいている。下は幼児から上はおじいちゃんまで。様々
間違っている。そう思って、私はまた線を消す。間違った線に、私は冷静でいられない。私は新しい線を描く。その線もやはり間違っている。すぐにそういう結論に至って、私は苛立ちと共にその線を消した。果たして、本当に正しい線は存在するのだろうか? 私は首をかしげる。 正しい線。少なくても、今まで私はそれが存在すると思って描いてきた。 いや、それが無いなんて、疑ったことはなかった。ただ、いまの私には正直それが本当に存在するのか、わからなかった。 私はひどく混乱していた。 あの
金曜日の夜、ビールが私を待っていた。 「おかえり」ビールは私に声をかけた。 私は無言だった。ひどく疲れていたのだ。 靴下を脱ぎ、足を洗い、手を洗い、うがいをして、そこまでは丁寧に辛抱強く頑張った。けれどそこで全てがめんどくさくなって、スーツを雑に脱ぎ捨てると、私はくだらない格好のままソファーに横になった。 「あんたはこれから俺を飲むわけだが」 放心している私に、再びビールが話しかけてきた。 私はじっとビールを見つめた。 「勘違いするなよ、別に俺は何も命ごいをし
私はその日、初めて『白い時間』の話を聞いた。 「『白い時間』って知ってますか?」 男が思い出したように言った。 「雪の降る日に、外でじっとたたずむ、そんな時間ですか?」 私は答えた。 「なるほど。確かにそれも白い時間ですね。ただ、私の言う『白い時間』はそれとはまた少し違ったものなんです」 「なるほど。では、それは一体どんな時間なんでしょう?」 男はそこで考え込んだ。実際に白い時間を思い出し、反芻し、それについて私に誤りなく伝えようとしている。私にはそう思