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ちいさな夢をたくさん

パリ在住、小さな店の女主人。
まさか自分が将来こうなるとは想像してなかった。

初めて将来の夢を考えたのは保育園の年長の時。
風邪で休んだ翌日、教室に行くとズラリとみんなの将来の夢の絵が飾られていた。女の子達は「ピアノの先生」「花屋さん」「おかあさん」などなど。私が描きたかった「アイスクリーム屋さん」は既出で、何故かかぶっちゃだめだと思ってたので(とられた…)と悩んだ。

そこへ保育士として働いてる母がやってきた。「なんの絵描くの?」「アイスクリーム屋さんがいいけどもう描かれとる…」「は?アイスクリーム屋なんてつまらんでやめな、あんた何が得意なの?水泳でしょ?!」「…」
強引にスイミングの絵をかなりリアルに描かされて、それが飾られてるのがすごく嫌だった。

小学校にあがると、2つ上の姉の影響で本を読みあさるようになった。将来の夢は作家に変わり、寺山輝夫のようになりたいと思っていた。
その夢は意外な形で叶う。
中学に入り反抗期になった私は父親が嫌いだという作文を書いて賞をとった。国語の先生は「先生の教え子で1人東大へ行った子がいるんだけど、その子に似てる。あなたは東大へ行く子よ!」なんて喜んでくれた。
私の作文はなんのことわりもなくドラマ化された。私じゃない「私」が実物よりかなりマシな「オヤジ」にキレている。不思議な気分だった。

このころ私はとっくに作家になりたいなんて夢を忘れて、海外に住みたいと思っていた。
近所にツタヤがあったので、小銭があればすぐに映画を借りに行った。ストーリーはどうでもいい、とにかく外国の雰囲気が見たい。スリにあってセントラルパークで泣いてる女、帽子をベッドに置いたらブチギレる男、レイプをきっかけに殺人に走る少女。知らない世界がとても眩しく見えた。(汚いホテルとかも、海外なら全然許せちゃうかな…)と思うほどドップリ憧れていた。今は海外の汚いホテルは断固拒絶する。

次第に映画の仕事をしてみたいと思うようになった。手っ取り早く映画を生活に取り込もうと、ミニシアターで働くことにした。業務は実につまらないし客は揃いも揃って変わり者だらけ。必要なことを済ませたらカフェスペースに引きこもって美味しいコーヒーを淹れる工夫をしたり、映写室に行ったりして過ごした。
映写室はまるでモノクロ映画の世界。真っ暗な中に小さな映像がシャカシャカ光って、部屋の外では大きな音量でセリフが流れる。当時はフィルムだったので上映前に必ずコンディションの確認が必要で、夜中に誰もいない映画館で封切り前の映画を見る作業が大好きだった。
なかでも特に非現実的に思えるフランス映画が好きだった。オシャレな服、美しい街並み、ヒリヒリするような音楽のどれもがたまらなく魅力的で(こんな世界がどこかにある。一生のうちにここへ行ける日が来るだろうか…。)と夢見ていた。

いつかはマトモに働かなくちゃな〜と思っていたので、なんとなくフランスのブランドに就職した。ゴダールからコッポラまで、映画の中で見てきたお洋服がそこにはあって、シーズン毎にストーリーがある。ここでも業務はめちゃくちゃつまらなかったけど、アーティストとのコラボやショウの音楽は今まで自分が好きで集めてきた知識が存分に活かせた。とはいえそれだけで許されるわけもなく、苦手な仕事が積もり積もってストレスがたまり、コーヒー休憩が唯一の逃げ道になっていった。ラテをすすりながらPARADISのPVを見るのが日課。(あぁ、こんな世界がどこかにあるけど、私には到底たどり着けない…)映画館で働いていた時よりずっと悲観的になっていた。

そんな折、姉がコーヒーの国オーストラリアに引っ越した。もう何かの導きとしか思えず、上司の反対を振り切って辞職。30歳でギリギリのワーホリに出た。
学生時代に留学していたとはいえ、久しぶりのつたない英語。それでもやっとここまで来たのだから!とローカルのカフェに飛び込んで無我夢中でコーヒーの勉強をした。
オシャレなカフェで自由に働く。日本では到底難しいと思っていたことがスッと叶っている。コーヒーの国ではバリスタは専門職として認められているので、お給料も社会人の頃より良かった。
午後3時に仕事を終えたら映画に行ったりライブに行ったり。日本には来ないインディーのバンドも沢山見られるし、なにより距離が近い!ライブで顔を合わせる人たちと仲良くなり、アフターパーティーに参加したり、誰かのアパートでシークレットギグをやったり…そんな生活のなかでフランス人アーティストと出会って結婚、パリに住むことになった。

モンマルトルの麓に住んでしばらくたってからふと思い出した。PARADISのPVって、あれパリだよな…今見たらどこかわかるかな?

言葉を失うとは、正にこのこと。

かつて一生たどり着けないと夢見たその場所は、まさに私が住んでる場所そのものだった。毎日通る道、買い物に行く店、その、もの。気付かないうちに、私はそこに住んでいた。

振り返ってみると、私の人生はちいさな夢がポツポツとあって、それを一つ一つ回収しているような生き方だった。あれがしたいな、こうなりたいな、そう思っても叶わないことなんてザラにあるけど、コツコツ叶えてこられたのは幸運だなと思う。そして「こうなりたい」というビジョンを持つこと、日常に溶け込んで忘れがちだけど叶えられた夢に気づくこともとても大切だなと。これからもどんどん夢見ていきたいし、着々と叶えていこうと思う。

まずは、あのアパートに住みたい。住ませてくれ。住むぞ。税金の紙、なんとかなれ!

おまけ PARADIS Hémisphère
https://youtu.be/9OkN1m4AgIY

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