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「イチロー 262のNEXTメッセージ」

大学時代の僕には悪い癖があった。

酒に溺れてしまうことだ。

大学時代の最後の卒業旅行はみんなで箱根旅行に行った。いつどこで怪我したのか分からないのだが、朝起きると足首を捻挫していた。

「昨日、俺は一体何をしていた?」と聞くと、酔っ払って、一人で踊って、転んでそのまま寝てたらしい。なんとも無様な姿だろう。次の日にみんなで箱根の彫刻の森美術館に行く予定だったのが、僕は一人、箱根の足湯で捻挫した足を浸し、傷を癒すだけで終わってしまった。  

もう一つ印象深い酒での失敗は大学2年生の時である。 大学の友人が自分の誕生日を祝ってくれた。大学生に良くあると「宅飲み」のような感じで、ケーキやピザを準備してもらい、誕生日を祝ってくれた。

 ただ大学生の本性は、誕生日会という名目でみんなでお酒を飲んで騒ぎたいだけのもの。誕生日で自分が主役という事で、酒を煽られ、ここでもいつの間にか眠ってしまっていた。 

その誕生日会での失敗は、あまりにも酒のペースが早く友達が自分へ誕生日プレゼントを準備してくれていたのに、そのプレゼントを開く前に眠ってしまった事である。  

次の日、朝起きると友達が茶色い包み紙で包装してくれたプレゼントを渡してくれた。 ただお互いに二日酔いで、頭の中もしどろもどろ。そして昨日のうちにこのプレゼントを受け取らなかったのも気まずい。

  「このプレゼント、このラックに飾ったほうがいいんじゃないかな」 

せっかく友人が選んでくれたプレゼントを開けずに、そのまま友人の家のラックにプレゼントを飾ったのだ。今考えると、なんとも失礼な話だ。

 その時は、一日経ったとはいえお互いにまだ酒に酔っていたテンション。友人もその方がいいと思うとなぜか納得し、僕の誕生日プレゼントは友人の家に茶色い包装紙で包まれたまま、飾られることになったのだ。

 そして、月日は流れ大学卒業の時になった。 

友人が、そろそろこの誕生日プレゼント持って帰ってくれと渡してきた。もうあれから2年ほど開けずにいた誕生日プレゼント、僕もそういえば、そんな事あったなと、久々にプレゼントの存在を思い出した。

しかし、2年間眠り続けたプレゼントだ。今ここで開けて「誕生日ありがとう!」というのも気まずい。 

「自分の人生の中でもうダメで絶望だ、そう感じた時にこのプレゼントを開けるよ!」

そう言って、包装紙で包まれたまま誕生日プレゼントを受け取り、今度は僕の家の棚に置かれることになった。あのタイミングで渡されたプレゼントなら最善の答えだったと思う。  

そしてさらに月日は流れた。 

「これから入院しないといけないので、一体、家に帰って入院できる準備をしてください」

 20代半ばである。僕は人生で3度入院を経験したことがある。その3度が同じ1年で起こった。それも全て違う病院で、違う科の違う病気で3度だ。 

流石に3度目の入院が確定した時には、もう絶望としか思えなかった。大殺界と厄年が一気に襲いかかってきたような、世界のすべてから見放された気持ちだった。  

一時退院で家に戻り、長期入院のための準備をしないといけない。入院の準備をしている時に友人からのプレゼントが目に入った。 

「このプレゼントを開けるのいまでいいんじゃないのかな?」 

人生で絶望が来た時にこのプレゼントを開けると友達に言ったが、これ以上の絶望はもうないだろう。開けさせてもらおう。 

誕生日プレゼントをもらってから5年の歳月が流れ、その茶色の包装紙に包まれたプレゼントを開けた。

 「イチロー262のNEXTメッセージ」

 友人は僕が野球好きだという事を考えて、このイチローの本を選んでくれたのだろう。

 本の中身はイチローの独特の言葉使いで、野球というより人として大事なメッセージがページの見開きごとに書いてある。 本来はありがとう、との言葉がすぐ出るはずなのだが、そのプレゼントを見て、僕は愕然とした。

僕はもうすでに「イチロー262のNEXTメッセージ」は持っていたのだ。 

5年間温め続けた友人の誕生日プレゼント。

その結果が「もう持ってるねん!」というボケで終わってしまった。
しかもこの本はシリーズ物の本で『NEXT』という二番目の作品だ。その二番目の方の作品でかぶった。

この本持ってるよ…。

イチローさん何いい事言ってくれるかなと思っても、そう言えばそんな事言ってたなくらいにしか感じない。

 5年越しにかましてきた友人のボケに僕は一人で笑ってしまった。

持ってるよこれ。持ってるよ…。  

「絶望とか言ってるなよ。まだ笑っているんじゃないか」

 一人で笑っていた時に、友人からのそんな声が聞こえたような気がした。 

絶望とか言いながら、まだ笑える自分がいるならば、それは絶望ではなく希望があるのかもしれない。

 イチローの262のメッセージには、友人のそんなメッセージが含められたプレゼントのような気がした。

 最近、YouTubeでイチローが学校の先生になり、いろんな質問に答える動画が上がっていた。

野球を引退したイチローは今は毎日酒を飲むらしい。だがイチローは絶対に酔いつぶれることはないとも言っていた。自分も卒業旅行での箱根以来は酒はでの失敗はない。今後も酒には酔い潰れないようにしたい。



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