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ずっと、好きでいられたら良いのにな〜ウェスティンホテル東京〜

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あぁ、もう...。
どうしてこんなにも芸術的なのだろう。
これほどにとんでもない発想は、「才能」か「経験」か、一体何に由来するというのだ。

ずっと、お菓子に関わる仕事をしたかった。
その想いはどんどん積もるのに、同時に無理だという気持ちも増えていく。

どうしたって私の好きは、お客さんとしての好きを飛び越えられないのだから。アイドル好きが、自分がアイドルを夢みることはせず、キャーキャーと応援に徹するのと同じだ。

大学の専攻だったし社会人になってからだって未練たらしくマーケティングの本を読んだりしていた。毎日スーパーやコンビニに行ってネットサーフィンで電子の世界を駆け巡って、今どんな商品が求められているのか、企業はどんなサービスを提供しているのかを追ったりしている。
だから普通よりはそういうことの情報には通じていると思う。

毎日美味しいスイーツを食べて、可愛らしいお店も静かな喫茶店も高級ホテルも、色々なカフェを巡って。普通よりはそういうことの体験もしてきたと思う。

それでも、結局私はスイーツのプロフェッショナルな仕事をすることはできないのだろうな、と。
なんとなく分かってはいる。

ひとつには、構築力が無いからだ。

圧倒的なスイーツに出会う度、ユニークに溢れた企画に触れる度、SNSで素敵過ぎるスイーツのイラストや手作りのケーキたちを見る度に、感動と一緒に無力感に襲われる。
私には無理だ。
新しい何かを形にするイメージが沸いてこない。
真っ白なキャンパスの前でずっと手が止まっている。そういう状態を、抜け出せない。

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どういう人生を歩んでくれば、こんな芸術を形にすることができるようになるのか。


ウェスティンホテル東京
マロンとヘーゼルナッツのモンブランパフェ

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モンブランの翼のような。
ヒラヒラと舞い落ちている途中の葉というか。
なんと躍動感に満ちたチョコのプレートか。

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フランス産のマロンクリームは、ボックリと「俺は栗だぜ!」というよりは、貴婦人のような上品の空気を纏わせた印象。
それ自身も素晴らしい魅力ながら、一緒にいる子たちの良さも引き立てる。

ヘーゼルナッツやラムレーズン、栗。それに薪を思わせるトリュフチョコレート、サクサクほろほろなクランブル。

決して色としては華やかではない。
見た目鮮やかに仕上げたいのなら、ここに絶対フランボワーズがあってしかるべきなのだ。それが無いことに、むしろこだわりが感じられる。

色の薄めなマロンクリームの側で、それらは生き生きと輝く。
どれも素材としては、「これはいると絶対美味しいじゃん」という魅力がいっぱいなものたちだ。それが溢れんばかりに添えられたら、そりゃあもう、美味しいに決まっている。

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クリームに乗せるだけでなく、お皿の縁にまである感じが、よりダイナミックな印象を与える。
そしてビターなチョコとの相性がまた、甘いマロンクリームとの組み合わせとは違った色を見せる。

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マロンクリームの中から顔を出すのがヘーゼルナッツのアイス。これも罪深いポイントだ。類似色のそれらはしかし、全然違う美味しさで。大好きヘーゼルナッツが口にとろける幸せをヒンヤリと運んでくる。それでいて境界線は少しぼやけて、両方の美味しさが気がついたら溶け合っていて。その甘さに、飲み込まれている。

ラム酒を使ったトリュフも良い。
お店の自慢の商品なのだろうか。
わりと毎回どれかのパフェに使われているように思う。こいつは本当に、怖い。
香りの爆弾だ。
口に含むと瞬間、ブハッとラム酒感いっぱいの大人な甘さが広がり広がる。
一瞬それが自分の中で起こっていることなのかなんなのか、どうしてそんな美味しい体験ができているのか、全然分からなくなる。本当に怖いやつだ。


無花果と赤いベリーのチョコレートパフェ

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これはまた、ブラックな印象ながら、赤や紫、黒系を混ぜ込んで妖艶な魅力に仕上げてきたぞ。

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無花果が丸ごとドドンと乗っているのとか、大胆で可愛らしく美味しい。
金粉まで使っちゃって、あらまぁお洒落。
夜空みたいじゃないか。

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トップは満月みたい。

甘く芳ばしい満月の輝くチュイルは、砕ける程にほろ苦く甘いインパクトのある濃密な味わいをはじけさせる。薄くパリパリと割れてスルリと溶けゆくマーブルな大理石のごときチョコレートはまったり。チュイルの素直に飛び出す角をまろやかに包み込み、非常に良いバランスだ。
綺麗で、美味しい導入である。

無花果はポートワインでコンポートしたものの他、フレッシュやセミドライ、アイスでも登場。
これ程までに色々な形で無花果大集合することなんて、なかなか無い。

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チョコのアイスやチョコケーキ。
全体のベースとなる印象は濃く深いチョコという存在が強い。

その中で、半分くらいはアクセントでは?
と思う程にたっぷりと存在するベリーのアクセントたちが煌めく。

細長いグラスというのはなかなかの曲者で。
トップは一つ一つの感動を忘れないように大切にゆっくりじっくりと味わいながら食べる。そしてアイスやクリームが溶け合い様々な食感素材を絡めながら、下から掘り起こし上から落とし食べ進める中層は。段々とスプーンそ進める速度が早くなる。

「美味しい、美味しい」と心がどんどん幼くただ純粋に楽しむことだけに集中していく。
これがナニでドウで…なんて分析をしている心の余裕は無いのだ。

…美味しかった。本当に、本当に。


仕事で関わるにしろ関わらないにせよ。
いずれにしても、ずっと変わらずに好きでいられたらいいなと思う。

スイーツはある意味で恩人だ。
人生はにはちゃんと楽しいことが溢れていることを。すぐ側にある幸せに気が付けるかどうかは自分次第であることを。色々なことを教えてくれた。
それは世界を広げるきっかけだ。
それは辛いことも頑張れる支えで希望だ。

10年後、20年後、私にとってスイーツはどんな存在になっているのかな。

自分自身については何か、変わっていれば良いのにと思えることが多い。
変化しないことは、安心である一方、恐怖だ。

それでもこの、好きという気持ちは続いて欲しい。
もしもそうでなくとも、好きで良かったと言いたい。

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