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おはなし

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みじかいおはなし
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#短編小説

喫茶aveで、会いましょう

喫茶aveで、会いましょう

「ひさしぶり」

 そう言って顔に落ちる髪の毛を耳にかけながら、僕の目の前の椅子を引いて、彼女は腰かけた。
 10年前嫌というほど目に焼き付いた、彼女の葬式に飾られていた遺影と、全く同じ笑顔で。

 どうしようもなく怪しくて、胡散臭い話だった。
 でも、『死んだ人に会える喫茶店がある』という噂話をたまたま耳にしたとき、こころに湧いたのは猜疑心よりも追慕だった。だからその喫茶店の名前と住所を探してみ

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冬の心中

冬の心中

街に心優しい王子の銅像が立っていました。王子はつばめにたのんで彼の金箔や宝石を貧しい者たちへ配りました。そうして。銅像の王子は薄汚れた灰色の像になり、両目を失います。つばめは、「わたしはどこへも行かず、ここであなたの目になります」と言いました。
_____冬が訪れ雪が降り出し、寒さに弱いつばめは、王子に別れを告げると足元に 落ちて力つきました。その悲しみから王子の心臓もはじけてしまいました。王子の

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on the seabed

on the seabed

おまえはどうして、そんなに透明なんだろうなあ

肌が透き通るようだとか透明感があるだとか、そんな褒め言葉なんかじゃないとすぐに分かった。
至極真面目にそう呟いた男の顔は、別段興味もないくせに可笑しいものでも見るみたいな、なんだか、無性に苛立たしくて腹が立って悔しくて涙が出てしまいそうになるような、そんな顔だった。

なんの返事もせずに、なるだけ緩慢な動きで顔を逸らした。迫るほどに重たい鉛色の雲が空

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晩夏と蜩

晩夏と蜩

蝉が、遠くで止むことなく鳴いている。
生成色の壁に反響しながら、何処か責める様な静けさで部屋の中に沈殿していく。心なしか足下は、ひやりとした予感に満たされているような気がした。その予感は日々、緩慢なスピードで密度を増していく。

僕は気づかないふりが上手くなった。都合の良いことだけ、苦しくないものだけを見る様にすることにも慣れた。こうして立ち尽くして壁に向かいながら、今だって悲しみの気配に気づかな

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