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[小説] リサコのために|063|十三、再戦 (3)

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 良介たちが建物内に出現した謎のエリアの偵察に向かってから、リサコは気が気でなく、廊下への出入口の前で行ったり来たりを繰り返していた。
 そんなリサコの様子を気遣ってか、オブシウスがそっと近くに寄って来た。

 そして二人は自然と会話を始めた。

「良介は優しくしてくれる?」

「うん。あの子は小さいころから優しい子だったから」

「そう。なんか不思議ね。私はAIの良介しか知らないからね。AIとしては優秀だったけど、人間として考えたら割とクソ野郎だった」

 オブシウスの言葉にリサコはシミュレーションの中の良介を思い出して苦笑いをした。
 確かにAIの良介は割とクソ野郎だった。でも時々そこに人間らしい感情があるのかもしれないと思わせる部分もあったりした。

「良介はね、私たちにとっては特別なAI…まるで息子みたいなものだったの。それが今回の件で失ってしまったかと思ったら、実在する大人の人間になって登場したものだから理解が追いついてこない…」

「私の記憶の中には、人間の良介とAIの良介が同居してる…それでも矛盾なく受け止めてしまっている自分がいて…変な感じ」

 オブシウスはリサコの話に頷いた。

「あなたの芯の強さに驚いている。最初はもっと精神を病んでる感じの女の子かなって思ってたんだけど…あんな地獄のような時間を生き延びたのだから。なぜかね、リサコが現実に目の前にいることに関しては違和感がまるでないの。私は元からあなたを人間と思ってたのねきっと」

 …人間と思っていた…。その言葉にリサコは胸の底から込み上げてくる暖かいものを感じた。

 そうこうしている間に良介たちが戻って来た。
 無事な姿を見て、リサコは心底ほっとした。思っている以上に自分が怯えていることを思い知った。
 それを良介にあまり知られたくないと思いながらも、リサコはたまらず良介の側に近寄ると彼のシャツの裾をぎゅっと握った。

 その手を見下ろした良介はそっとリサコの手を握ってくれた。

「確かに、四階の突き当りに上に登るスロープがあった」

 タケルがみんなを集めて言った。

「その先はただの壁に見えるんだけど、スロープに入るのはやめておいた。登ったら何か変わるのかもしれない」

「スロープ?」

「そうだ」

 それはまるで、オブシウスも同行することを考慮したような作りになっていたという。

「どうする? 行く?」

 良介がみんなを見渡して言った。

「行くしかなくない?」

 とアイス。

「生身の体で行くのは少々不安もあるけど、ここでいつまでも立てこもっているわけにもいかないし」

 全員がこれには賛同した。
 ここにいる人たちは長い年月をヤギと戦って来た人だ。少々状況が不可解になったところで立ち止まったりはしない。
 怖がっているのはみんな同じ。

 リサコは正直行きたくなかった。でも行かなくてはと思った。だってヤギを斬れるのはたぶんリサコだけだから。

「武器はどうする?」

 ガイスが言った。これまで彼は司令塔としてモニターの前に張り付いている役割を担ってきたが、今回はみんなと同行するつもりの様子だった。

「武器は…」

 言いながら良介が唐突に空中に拳を突き出す動作をした。
 すると、そこにみるみる鞘に収まった日本刀のようなものが出現して、彼の手に握られていた。

「なにそれ? どうやったの?」

 驚愕の声を上げるアイスに向かって良介は肩をすくめてみせた。どうも彼にもどういうことか解っていないようだった。

 出現した刀を良介はリサコに渡した。
 それを受け取ると、刀はリサコの手にしっかり馴染むような感覚がした。
 リサコは刀を両手で持つと、ぎゅっと胸に抱いた。

「他にも出せるの?」

「いや、たぶんこれだけだ。これでやれってことだと思う」

 良介の言葉に全員がリサコの方を見た。
 リサコはできるだけ自信のあるように見えるよう努力しながらしっかり頷いた。
 だけれども、刀を抱きしめる腕がブルブルと震えてしまうのを抑えることはできなかった。

「じゃあ、行こうか」

 良介が言い、全員が揃って廊下へと出た。
 建物のエレベータは正常に動いているようだった。

 オブシウスとタケル、ガイスの三人がエレベーターで四階へと上がり、残る面々は階段で上がった。

 四階の廊下の突き当りに話に聞いたスロープがあった。
 長い緩やかなスロープで突き当りは壁になっている。

 良介がみんなを振り返ると、全員が頷いた。
 そしてゆっくりとスロープを登って行った。

 上っている間は何も起こらないようだった。
 突き当りに到着すると正面に小さな文字で「DIG 13 FFDIL」と書いてあった。

 何となしに、リサコがその文字を指でなぞると、急に景色が変わり、一行はどこか古びた体育館のようなところに立っていた。
 正面には幕の下りた舞台がある。

 驚いて良介を見ると、良介が…14~5歳のころの姿になっていた。
 振り返ると、そこには、シミュレーションの中にいた時の馴染みのある姿のオブシウスやタケルたちが立っていた。

「これは…どういうこと?」

「DIG 13 FFDILに接続したんだ」

 良介が言うと同時に、舞台の幕がゆっくりと上がりはじめた。

 舞台の上の上には何か大きなものがぎゅうぎゅうに押し込められているようだった。

 幕が上がるにつれてその全貌が明らかになると、全員が言葉を失ってそのあり得ない光景を眺めるはめとなった。

 舞台の上には、どうやって収まっているのか、あまり詳しく考えたくないような姿勢で、二人の巨人が押し込められていたのだ。
 二人はそっくりな顔ではあるが男女で、どちらも同じようなおかっぱ頭のようだった。何しろおかしな姿勢で舞台の中に押し込められているので詳細はわからない。

「やあ、やっと来たね君たち」
「もう、遅いから待ちくたびれたよ」

 二人の巨人は交互に喋り出した。

 …《体系》…。

 そう、それは《体系》だった。

 リサコの中に居るのとは違う、また別の《体系》なのであった。

(つづく)
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